この日の夜は、ベルリン国立歌劇場でオペラを鑑賞しました。
題目はヴェルディの「ラ・トラヴィアータ」
「椿姫」です。
この作品は1853年ヴェネチアのフェニーチェ劇場で初演が行われ、現在では世界で最も愛され、公演回数の多いオペラとして名高いのです。
聞きやすい旋律と分かりやすいストーリー。
ちょうど去年の3月にニューヨークのメトロポリタンオペラでも観劇しましたが、僕も大好きな作品です。
ところで、この作品ですが、実は初演は大失敗だったのだそうです。
それは、ストーリーと配役のミスマッチによるもの。
ご存知の方も多いかと思いますが、ここで椿姫のあらすじをおさらいすると
パリの高級娼婦ヴィオレッタと、彼女を慕うアルフレッドとの恋と別れの物語。劇中ヴィオレッタはある事をアフルレッドの父親から指摘され、アフルレッドのために身を引きくのですが、それをアルフレッドが誤解します。
最終幕でその誤解が解けて、アルフレッドがヴィオレッタに再び会いに行くのですが、時既に遅し、ヴィオレッタは肺結核で亡くなってしまう寸前なのです。
最後にヴィオレッタが死んでしまうところで幕が落ちるのですが、初演の時にヴィオレッタを演じた声楽家が、とてもふくよかで、到底結核で死ぬような体格ではなく、観客が全然感情移入できなかった。
・・・というのが、「大失敗だった」理由として言われています。
ヴェルディは、
「いずれ歴史がこのオペラの真価を判断するだろう」
という言葉を残しています。現在、カルメンと並んで最も演奏される機会の多いこのラ・トラヴィアータ。それを考えるとヴェルディに軍配が上がりそうですね。
ベルリン国立歌劇場に行った夜は大雨で、外から劇場の写真が撮れなかったのがとても残念でした。でも中は
豪奢でしたよ。
ちょっとここで椿姫のヴィオレッタの病気について追記しておきましょう。
アミノグリコシド系の抗生物質=ストレプトマイシンが1943年に単体分離されるまで、結核は死の病でした。
ストレプトマイシンは米ラトガース大学のウクライナ出身の研究者セルマン・ワクスマン教授の研究室にいたアルバート・シャッツという研究生が発見した物質です。
ですが、結核に効くストレプトマイシンの発見の功績により1953年にノーベル医学生理学賞を受賞したのは、ワクスマンだけだったのです。
確かにワクスマンは40年の研究者としての生涯で20種類あまりの抗生物質を分離し、さらに抗生物質、すなわち「Antibiotic」という言葉自体を造った人物。
このノーベル賞受賞に対してシャッツはワクスマンに対して訴訟を起こし、最終的には共同発見者であるという証言を引き出します。
この研究者と指導教官という立場は、医学の研究の世界では非常に微妙な関係です。
論文のトップネームを誰にするか、さらにどの研究者までを共著者にするか?
その論文の重要度が高ければ高いほど、熾烈な戦いになるのです。
かく言う僕も、東大大学院での研究論文で医学博士号を取るとき、僕の論文の共著者名に、誰を載せるかという問題で指導教官同士が喧嘩になってしまったことがありました。
あの時は正直とても緊張しましたし、毎日悩みましたよ。
アカデミックの世界はいろいろ大変なのです(苦笑)。
最近のドイツのオペラは前衛的です。
パリ高級娼婦を題材にしたトラヴィアータの舞台は、ニコールキッドマン主演の映画「ムーランルージュ」でも参考にされ、とても華やかな舞台で知られますが、今回はこの写真のように、舞台上はとても簡素なものでした。
ですが、歌唱力と演技力は確か。
幸せな気持ちいっぱいで劇場を後にしました。