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ベトナムの歴史

中国の真南に位置する大陸の国、ベトナムの歩んできた歴史はまさに戦争の歴史です。この写真は、ベトナム戦争、南ベトナムのサイゴン陥落の時に攻め込まれた当時の大統領館です。今は博物館になっています。

べトナムの歴史は古くは紀元前1000年ごろ、現在いくつかの遺跡が残っています。北部ベトナムは、紀元前200年の漢の時代から唐が滅ぶまで約1000年間、中国の支配下に入ります。中部ベトナムは4世紀ごろからヒンズー教のチャンパ(林邑)が国を作り、独立国となりました。この王朝は15世紀まで永らえます。南部ベトナムのメコン川流域では、1世紀に扶南王国が起こり、6世紀にクメール族に滅ぼされるまで王政が続きました。

939年に呉王朝が出来て、北部ベトナムが中国支配から独立します。その後、前黎朝、李朝、陳朝などの短命の王朝が続きますが、1414年には再び中国の明に支配されてしまいます。1428年に後黎朝が興ったことで、ベトナムは中国支配から解放されますが、ほんの100年後には再び南北に分裂し、闘争を続けるようになります。

18世紀にに中部ベトナムに起こった阮朝が統一を図りますが、統一時にフランスの志願兵と宣教師の助力を仰いだため、後にはベトナムへのフランス進出を許すことになりました。

その後は皆さんもご存じとおり、ベトナムはフランス領インドシナという植民地になることを甘んじ、大東亜帝国の日本に占領され、第二次世界大戦後は再び南北に別れ、アメリカとソ連の代理戦争の場となるのです。

ベトナムが3000年以上の歴史を持ちながら、先人の文化を破壊して、次の文化が発達するので、古い文字や文化があまり残っていないのはとても残念なことだと思います。

日本の常識は、世界に全く通用しないといわれて久しいですが、天照大神の直系とされる天皇家の文化が2600年以上も続いていたといわれている日本は、ある意味、ほとんどの人がほぼ共通の価値観を持って生きていますし、言葉で説明しなくても相手がある程度察してくれてきたという、独自の価値観と文化を持った国民です。しかし、世界的にみると、このような状況は極めて稀で、日本人は本当に特殊な環境で純粋培養された民族なのだとあらためて感じました。

今回初めての訪問でしたが、ベトナムは戦後約30年。日本の高度成長期のような勢いを感じました。ベトナム人は、手先は器用ですし民芸品なども細工が素晴らしいです。勤勉な性格も相まって、数十年後にはアジアをリードする国に発達するのではないかという印象を強く受けました。


天后宮

今日は帰国日です。空港に行く前に急いで観光に行ってきました。ベトナムは仏教国なので寺院がたくさんあるとのこと。一度見ておきたかったのです。

ここは天后宮と呼ばれる1760年代に建てられたお寺です。廟の天井にかけられた、 いくつもの巨大なうずまき線香は、中国文化そのものですね。

僕もクリニックFの成功を祈願して、ひとつうずまきを買って捧げてきました。これが、いわゆる「鳥かご」ぐらい大きなものなのです。一週間ぐらい燃え続けるそうです。

深夜便で帰国して、明日朝から外来に出ます。


ベトナムのテレビ出演

講演は午前中に終わったのですが、午後にはベトナムのテレビ取材がありました。最新のアファームマルチプレックスというレーザー機械がベトナムにも導入されたので、日本の第一人者をからコメントをもらうという企画のようです。

昔あった「三時のあなた」のような、トーク番組だったのだと思います。

撮影風景はこんな感じでした。MCの女性が話すことに対して答えてくれ、と言われます。

僕に与えられた指示は、二つでした。MCが最初にふった質問に対して、約4分間でアファームの効果と理論について、そして適応疾患について(英語でいいので)話してほしい。その後、もう一回質問をふるので、アファームマルチプレックスは1440と1320ナノメーターの二つの波長が出るようになったが、その利点をわかりやすく説明してくれ、というものでした。

英語で良いならお安い御用だよと答えたのですが、実際に現場に入るとこれがまた、想像以上に大変でした。なにせ会見場で交わされる言語がすべてベトナム語。

たまに“レーザー”とか“アファーム”とか知った言葉が入るのですが、それ以外は「ナントカニャ ナントカニャ」としか聞こえない。

相槌ひとつ打てないし、そもそも、どの文章が質問なのかがわからない(笑)。MCさんが目配せをしてくれて、ここで答えれば良いのだなと気づいて、何とかアドリブで切り抜けましたが。いや~、良い体験をさせていただきました。放送時には僕の台詞には、字幕スーパーが入るそうです。放送されたらDVDで送ってくれるそうです。


ホーチミンのレーザー学会

ホーチミンのレーザー学会に初めて出席しました。ベトナムは美容、特にレーザーに関してはまだまだ発展途上でマイナーなデバイスなのでは?と思っていましたが、予想を遥かに上回る聴衆が集まり驚きました。百聞は一見にしかずですね。ベトナムの女性の正装は、アオザイと呼ばれるとても美しいもので、そういった女性が並ぶととても華やかな雰囲気になります。

今日の招待講演で、僕はアファームの話をしたのですが、アファームの適応症例(しわ、にきび肌、肌の入れ替え、スキンメンテナンス、肝斑)のうち、特に肝斑治療が注目を浴びました。このベトナムでは、女性の4割近くが肝斑に悩んでいるのだそうです。

肝斑は、レーザーで取れにくいしみと言われていますが、フラクセルは米国のFDAで肝斑治療の認証を受けました。実は同じ理論を持つアファームも現在申請中なのです。

古くはレーザーがしみをとる場合、レーザーのターゲットは皮下のメラニン色素でした。メラニンに反応する波長を選択して、選択的にしみを破壊することがセオリーだったのです。

ところが、フラクショナルリサーフェシングの登場により、旧来のレーザーの方法ではないメカニズムが考え出されたのです。それは、以下の2ステップです。

ステップ1 レーザーを点状に照射して、”しみ”をドット状に打ち抜く(熱凝固させる)。

ステップ2 肌に刺さった、剣山のような熱凝固部分を、ターンオーバーを促進させることで皮膚外に押し出す。

これは病変部が「しみ」「にきび跡」「老化した肌」であっても、同じです。一回あたりに反応するのは15%ぐらいですので、その部分の肌の新陳代謝が促進され、新しく生まれ変わるのです。

魅力的な施術ですよね。

まだまだ日本においても高額な、しかも最新のレーザーを選択するベトナム人がいるのです。ベトナム人の美に対する意識の高さも、大変なものだと感動しました。


記憶に残るベトナム戦争映画

僕は、今回がはじめてのベトナム訪問になります。今いるホーチミン市もベトナム戦争終結前はサイゴンと呼ばれていました。

ベトナム戦争は、75年にサイゴン陥落により終結しましたが、長い戦争と重なる戦費。アメリカ国民にとっても多くの疑問を投げかけたのでしょう。現実にベトナム戦争について語られたハリウッド映画がいかに多いことか。

思いついたものだけでも、68年の「グリーンベレー」70年代にはいると「ディアハンター」や、フランシスコッポラ監督の「地獄の黙示録」。80年代には「プラトーン」「ランボー」「グッドモーニングベトナム」「フルメタルジャケット」そして「7月4日に生まれて」などなど。僕は戦争映画があまり好きではなく、見てなかったつもりなのですが、思い返すと意外と見てました(笑)。

それぞれの映画について思い出があります。

「ディアハンター」は大学のときに見ましたが、悲しい旋律のテーマソングが今も忘れられませんね。

「グッドモーニングベトナム」も同じころ見ました。物語の終盤に、主人公が、「You say tomato(トマート) but we say tomato(トゥメイト)」といった台詞を、さらりと「お互い言葉がちがうしね」と訳した戸田奈津子さんには「なるほど!」と感動しました。

「地獄の黙示録」は、ワルキューレの騎行の音楽とともに、軍事ヘリコプターのアパッチが飛んでゆくところ。あんなカッコいい画像を見せられてしまうと、男はみな血の気が沸き立ちますよね。サーフィンが異常に好きな上官がいて、サーフィンはアメリカの文化なんだなと感じました。

「7月4日に生まれて」は、トムクルーズがベトナムの英雄のまだ若い退役軍人の役をやったのです。彼の役どころがアメリカ独立記念日の7月4日生まれの男。誇りを持った7月4日生まれのアメリカを信じていた男が、ベトナムで裏切られ、精神不安定になってゆく。トムがハンサムなだけではなくて、演技派の男優なんだなと感動しましたよ。

このベトナムのサイゴンが、戦後30年以上たって、人口1000万人以上の都市になったのかと感無量ですね。


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