約1時間半車で移動した後、見えてきたのがこの後方の建物。
ここがいよいよやってきた、シネロン本社です。
工業団地の一階層にシネロンは入っています。
エレベーターを上がると受付になります。
会社は広々としていて綺麗な空間ですね。
シネロンは機器の生産工場を別の場所に持っているのだそうです。
この本社で何を話し合ってきたのかは明日のブログで書きますね。
約1時間半車で移動した後、見えてきたのがこの後方の建物。
ここがいよいよやってきた、シネロン本社です。
工業団地の一階層にシネロンは入っています。
エレベーターを上がると受付になります。
会社は広々としていて綺麗な空間ですね。
シネロンは機器の生産工場を別の場所に持っているのだそうです。
この本社で何を話し合ってきたのかは明日のブログで書きますね。
昨日は真っ暗で見えなかったのですが、朝になってホテルから外を見ると、テルアビブは緑が多い、綺麗な街でした。
今回訪問したイスラエル、シネロン社は、ここテルアビブから北に約70kmぐらいの新興工業都市ヨクナムにあります。
会社の用意してくれたタクシーで高速道路に乗り、約1時間半のドライブになりました。
タクシーの運転手は英語でいろいろとイスラエルの話をしてくれます。ちょっとしたガイドさんのようでした。
道路標識も、ヘブライ語とアラビア文字。そして英語の表記があります。
高速道路の途中で見えたこの三本の煙突は、イスラエルの90%の電力を作るパワープラントなのだそうです。
戦争でここを爆撃されると、国の電力が停止するのだとか…。
そんなこと言ってしまっていいのかな(笑)とか思いながら楽しくドライブしました。
ヨクナムに行く高速道路の道すがらは、緑のなかに、時々現れるハイテクの工場が見える景色が続きます。
イスラエルはユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の三つの宗教の聖地がありありますが、地中海に面した、とても肥沃な土地だったのでしょう。緑の多さがそれを物語っていると思いました。
途中に見える家の屋根には太陽光発電機が乗っていますね。
シネロン社のある、ヨクナムという都市は、イスラエルがハイテク企業のために誘致して作った都市で、新規に設立された企業は3年間税金が免除されるのだそうです。
そうして、ものを造り、国の力を蓄えていくのですね。
こういったところは、イスラエル人の勤勉さと計画性を学びたいところです。
とにもかくにも、テルアビブの空港からタクシーを拾い、なんとかホテルにたどり着きました。
チェックインしたのは現地時間で夜の11時ちょっと過ぎ。
部屋に入るとこんな感じ。
イスラエルのビジネスホテルってどんなかんじなのだろう・・・と良くも悪くも行く前には全く想像できなかったのですが、出張の宿としては、清潔で綺麗なホテルだし、良いところだなと思いました。
一旦荷物を置き、食事ができていなかったので、バーに向かうと、
「11時で閉まったので、何も出せない」
とのこと。
「えっ? 11時って、たった数分前のことでしょう? 食べ物は無理でもせめてビールくらいは、なんとかこのとおり!」
と思って、
「ビールぐらい飲めませんか?」
と聞いてみると、それもだめ。
もちろん近くにコンビニなんてありませんし、自動販売機もありません。
こういうとき日本のありがたさが骨身に沁みますね。
フロントでなんとか交渉したところ、ピザなら頼めるということになりました。「ぜひ」と頼んでみると、このドミノピザが届きました。
ねばってみるものですね(笑)。
食べてみると、これが野菜が新鮮で意外とイケるんですよ。長旅の疲れが吹き飛びました。
このピザは、翌日の朝食にもなりました(笑)。
ところで、空港で最も気になったのがこの黒いコートと黒い帽子をかぶった人たち。
イスラエルにはこんな人が沢山いるのです。考えれば当たり前なのですが、実際自分の目の前に何人もこうした装いの人を見ると、自然と目が吸い寄せられます。
入管検査の時にも並んでいます。
街中にもたくさんいます。
ご存知のない方のために、念のため書いておくと、この服装が、ユダヤ教徒の正装なのです。
ユダヤ教の成立は紀元前6世紀頃だと言われています。聖典はキリスト教の「旧約聖書」と同じ書物です。
唯一神ヤハウェを神とし、選民思想やメシア(救世主)信仰などを持つ宗教なのですが、日本人の考える宗教とは少し意味合いが違います。
ユダヤ教を信じる民族がすなわちユダヤ人であり、血縁よりもむしろ教徒としての行動が重要視されることも多いといいます。つまりイスラエルに住むユダヤ人が、ユダヤ教を改宗した瞬間に厳密な意味ではユダヤ人ではなくなってしまうのです。
民族の定義が血縁によるのか、もしくは宗教によるのかという問題にかかわっていると、高校の時に世界史で習った記憶があります。
紀元前13世紀にモーゼが、エジプト新王朝の支配下にあったへブル人をエジプトより脱出させ、シナイ山でヤハウェ神と契約を結びました。
これが「モーゼの十戒」です。
モーゼたち集団が移動した、約束の土地とされた「カナンの地」に定着した民族がユダヤ人の起源というわけです。
紀元前1020年ごろ、イスラエル王国が成立し約400年の繁栄の後、南に分裂したのがユダ王国でした。
紀元前597年。ユダ王国が新バビロニアに滅ぼされ、ユダヤ人の政治宗教のエリート層が全員バビロンに捕虜として連行されるという「バビロン捕囚」の約50年間に、ユダヤ人の中で芽生えたアイデンティティが、ユダヤ教を作り上げたといえるのです。
ちなみにこのバビロン捕囚が終ったのは新バビロニアがアケメネス朝ペルシャに敗れた起元前537年のこと。ペルシア王キュロスの命令でユダヤ人たちは解放され、故国エルサレムに帰る許可を得たのです。
しかしながら、その後、ユダヤ人たちには自国を持たずに世界を放浪する運命が待っていました。彼らは国を持たない世界で生き抜くために、中国の華僑とは違った形で世界と歴史を生き抜いてきたと言えるのです。
土地に依存せず生きていく。
その方法論として、
1 子供たちの教育に投資をする → 博士号の保持率は世界有数です。
2 金融を生業とする → ほとんどすべての米国の銀行には、ユダヤ系の資本が入っているといわれています。
3 諜報機関を充実させる → イスラエルのモサドはアメリカのCIAや、イギリスのSIS、旧ソ連のKGB(現ロシアではSVR)と比較して、それ以上(世界最強との声ある)の特殊工作および諜報活動を行うといわれています。
・・・という努力を行ってきたのです。現在でも特に生物医学系の技術は世界一だと言われていますし、アメリカの多くの企業はユダヤ系がトップを務めていると言われていますよね。新聞やTV、雑誌などのメディア、流通、不動産・・・など、知恵とアイディアだけで移民からのし上っていったユダヤ人の生き方からは学ぶことがたくさんあります。
紀元前5世紀にこの地を追われたのち、2500年の月日を経て、1950年にイスラエルが建国されたということは、ユダヤ人=ユダヤ教徒にとっては特別の思いがあったのでしょうね。
今回の出張で、もっとユダヤ人=ユダヤ教徒について勉強したいなと思いましたよ。
ところで、このエルアル・イスラエル空港のセキュリティチェックは聞きしに勝る、本当に厳しいものでした。
香港でチェックインするときに、専任のイスラエル人が名前を呼び留め、非常に細かい質問をしてきます。
すべて英語で結構長い時間でした。
「なぜイスラエルに入るのか?」
とか、
「誰か知り合いはいるのか?」
とかからはじまって、
「僕は日本の医者で、イスラエルのレーザーの開発会社とのビジネスミーティングがある。」
と一生懸命説明したのですが、立て板に水というか、埒が明きません。
特に僕の場合、パスポートが悪かったのかもしれません。出張で訪れた各国の印をなめるようにチェックされました。僕のパスポートには沢山の印がありますので、その中に、要注意の国があったのか・・・。どこがひっかかったんだろう?
あまりに時間がかかるので、
「そういえば!」
と思い出し、今回僕はシネロン本社から頂いたインビテーションレターを持っていたので、それを取り出し、提示したら、納得して通してくれました。
しかし、ここからがまた大変です。
ボーディングパスに記載されている搭乗時間が、実際の乗り込みよりも一時間以上前の時刻が書いてあるんですよ。
時間通りにそこで列に並んでいると、名前を呼ばれて再度持ち物チェックです。
僕は今回機体持ち込みの荷物しかなかったのですが、細かい物まで全部中身を調べられ、何かを採取して器械にかけるのです。
検査にかかること、30分近く。あまりに執拗で、あきれるを通り越して感心してしまいました。
あとから聞いた話によると、わざとそういったストレスをかけて、おかしな行動をするかどうかを見極めているのだとか。確かに途中でキレて怒り出す人が何人いてもおかしくないような状況でした。
まあ、臨戦態勢の国ですから、仕方がないですよね。