真面目で正義感強く、所謂「良い人」――「そういう人に限って早く死んでしまうのだから・・・」と言われるのを聞いたことがありませんか?
これは脳とホルモンの関係を考えると、ある部分で納得がいくように思います。
日頃より自我や感情を抑え、本能的な欲望からできるだけ目を逸らせ、高等動物である人間らしく社会的で実直な生活を営んでいる方は、医学的に言うとひと際発達した新脳でもって旧脳を四方八方から常にがっちり抑え込んでいる状態と言えます。
その理性的且つ人道的な生き様と、強靭という言葉がぴったりな並々ならぬ意志の力は賞賛と尊敬に値するものであることと思いますが、常識と理性によって必要以上に抑え込まれた旧脳は委縮し、時に自由を求めて内なる声を張り上げています。
ここで、「新脳」と「旧脳」についてもう一度おさらいしておきましょう。
人間の脳は大まかに言うと「新脳」と「旧脳」とに分かれます。
新脳は大脳新皮質という部分で思考力や言語能力など、人間的活動を支える中枢となります。
対して旧脳は、情動(感情の動き)の脳である大脳辺縁系と、食欲や性欲などを司る視床下部、循環、呼吸、消化などの自律的機能を持った脳幹とに分かれます。
旧脳では人間の基本的欲求を限りなく追求していきます。本能がそのまま原始的に満たされることを旧脳は求めます。求め、それが達成されたときに旧脳は満たされ、安定します。
代わって新脳では、本能が満たされることを前提にその上の「快楽」を求めます。
眠い、寝たいというのは旧脳の欲求ですが、静かな場所で眠りたい、ふかふかの布団の上でゆっくりと手足を伸ばして眠りたい、というのは新脳の欲求です。
お腹が空いた、何でもよいから空腹を満たすために何か食べたい、というのは同じように旧脳の欲求であり、せっかく食べるならおいしいものを好きな人と一緒に、素敵なレストランで食べたい、というのは新脳の欲求です。
性欲を今すぐに満たしたいというのは同様に旧脳の欲求ですが、ロマンティックな雰囲気の中で、お互いを解りあえる、労わりあえる人と交わりたい、というのは新能の欲求です。
別の方向からこれらを考えていくと、眠い、とにかく今すぐ眠りたいという旧脳の欲求に対し、確かに眠い、折角眠るならふかふかの布団で眠りたい、でも、いやいや今は寝ている場合ではない、もうすこし頑張らなければ、それに寝るなら歯も磨かないと・・・というのも新脳の立派な働きです。
旧脳を押さえつけるばかりか、新脳の中で対話があり、論理的な思考を組み立てながら過去の経験に照らし合わせ、TPOに応じて人間的な抑制を利かせるわけです。
動物の中でも際立って大きい脳、特にこの新脳をもち、その新脳が満たされることを求めることによって人類と文明社会の進化はあり、またそれにより人間の寿命は動物の中で飛躍的に伸びたといっても過言ではないと僕は思います。
その一方で、新脳の進化により理性と倫理の中でヒトの原始的な欲求は必要以上に封じ込まれてしまうことが度々あるのでしょう。
特に先進国や知的階級において新脳による抑制は必要不可欠です。自分が一体どうしたいのか、何が好きで誰と一緒にいると心休まるのか。自分の本能はどこにベクトルが置かれているのか。
こうしたことを見失ってしまっている人ほど、旧脳の活性化が求められています。
◆ジャズは旧脳を刺激し活性化させる
人間の生理的欲求や情感=感情を司る旧脳(原子脳)で注目すべき神経伝達物質はセロトニンであることを以前にお話ししているかと思います。
旧脳は「原始的に」、そして「感情的に」音楽を認識します。
大地が揺れるような打楽器や、声楽などが多用された、リズムを肌で感じるような音楽、また舞踊が伴う音楽を旧脳は好みます。
そういった意味では、アフリカやインドネシアなど様々な地域に古くから伝わる民族舞踊、タンゴ、サルサ、フラメンコ、カリプソ・・・といったものも含めた音楽には、この旧脳を刺激するリズムがあるものとして注目してよいかと思います。
音に合わせて身体を動かしたり、パートナーと一緒に楽しむことができれば、アンチエイジングにはより理想的です。
また、リズムが際立った音楽のひとつとしてジャズを挙げることに異論を唱える方はいないと思います。
アメリカ、ニューオリンズを発祥の地として西洋音楽とアフリカ音楽の組み合わせにより発展した音楽であるジャズは、3連符を基本とするリズムでもって成り立っています。
この固有のリズムは「スウィング」と呼ばれ、元は宗教的な賛美歌やヨーロッパの軍隊音楽にもルーツを持つと言われます。
打楽器と弦楽器どちらもの特性をもつピアノと、木管楽器と金管楽器の橋渡し役であるサクソフォンがジャズでは重要な役割を果たし、それは医学的に見ても非常に興味深いことです。
僕自身、仕事が終わりホッと一息つきたいとき、頭を空っぽにして好きなお酒を少し嗜みながらリラックスしたいときにジャズの力を借ります。
好きな楽曲はたくさんありますが、例えば偉大なるジャズピアニスト マッコイ・タイナーによる「サテン・ドール」などはいつ聴いても心躍りますね。
マッコイ・タイナーがストラヴィンスキーのオーケストレーションを好きだと語っているインタビューを過去に読んだことがあり、軽い衝撃を受けたことがあります。
しかしそれも一瞬のことで、よく彼のピアノを聴けばすぐに納得できることなのかもしれません。ストラヴィンスキーには僕も思い入れがあり、他の作曲家に比べて彼の才能を理解するまでにかなり年月を要したことでも記憶に深く残っています。
耳に心地よく、軽やかにも聴こえるピアノ演奏が特徴ですが、実際にはそう聴こえるようタイナーによって隅々まで深慮されたものであり、彼の強い力と集中力が光る卓越した技術によるものです。
ぜひこの一曲で、音楽は聴くことよりもまず感じるものであることを思い出してください。
もう一曲は、ビル・エヴァンスによる「いつか王子様が」。
ドビュッシーやラヴェルに影響を受けたという印象主義的な美しい和音は、いつ聴いても心が溶けていくようで、優美且つ繊細です。
巨匠ビル・エヴァンスについては好きな楽曲も沢山あるのですが、「抑制からの解放」というテーマでこちらの楽曲がアンチエイジングには良さそうです。
ご存知の通り、ウォルト・ディズニーによるアニメーション映画「白雪姫」の挿入歌です。
曲の描き出す情景は完全に夢の世界ですが、超現実を生きる「新脳派」には非現実に心を寄せる時間も必要なのです。