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COLUMN

コラム「音楽は名医」
12. 人間として生きる限り、音楽は

12. 人間として生きる限り、音楽は

人としてこの世に生を受け、時に辛く苦しく生きていくのがしんどくなってしまうこともあるかと思います。

けれど、他の生物には与えられない「音楽」というギフトを人は生まれながらに授けられ、それにより救われたり励まされたりすることを、微力ながらではありましたが科学的にお伝えできたらと思い書いてきましたが、いかがでしたでしょうか?

音楽の持つ力を利用して病気の治療や不調の改善に活かそうと応用を試みる医師や医療機関は、今後ますます増えていくことになると思います。vol.1でもお話ししたfMRIを始めとする様々な測定機器も今後開発が進んでいくことでしょう。

また、前回のコラムでご紹介したように医療の場における音楽についての研究も盛んです。医学系の論文を検索するサイトとして知られるPubMedでは、pain(痛み) music(音楽)と入力しただけでも2015年末現代の段階で1000件近くの論文がヒットするほどです。私達にとって役立つ発表や検証が行われ、実際の場で活かされていくことは間違いないでしょう。

他にも、音楽と私達ヒトの間で科学的にどのようなことが起きるのかといった研究発表にも興味深いものがあります。

気に入った音楽をインターネットで購入するとき、購入ボタンをクリックするだけでドーパミンが分泌されるといったもの。

全く同じショパンの曲なのに、通常の情緒的な演奏では脳の快楽中枢が反応するが機械的な演奏では反応しないという発表。

さらには音楽の適正がもともとある人や音楽教育を受けた人は、音楽を聴くと遺伝子レベルで変化が起きる(ドーパミンの分泌や輸送が活発になったり、神経細胞の新たな増殖など)が、音楽経験がない人にはこのような変化が起こらないという研究結果もあります。

◆人間のからだに備わる「五感」のオーケストラ

音楽に触れるときには様々なアプローチ方法があります。目を閉じ耳だけで集中して聴くこともできますし、実際コンサートにおもむいたり、TVやDVDでコンサート、オペラ、ミュージカルなどを観ることで耳だけでなく目も使う=視覚と聴覚どちらも使ってアプローチすることもできます。

自分で楽器を扱うことができれば、これに触覚も加わります。楽器には独特の匂いや味がありますので、味覚すら加えることが可能です。その中で第六感まで研ぎ澄まされていくことを感じるのです。

そもそも人間のからだには、神の創った “五感”というオーケストラが元々備わっていると思っています。ひとりひとりの人間は、その人だけの楽団をもっているんですよね。

ヴァイオリンだけでは淋しい曲もピアノやフルートの音色に彩られることで重厚感とストーリー性を増すように、聴覚だけを使って物事を理解するよりは視覚や触覚、嗅覚も総動員することで、人の心と脳は満たされる。

五感というオーケストラにとって鼓動はリズムであり、ホルモンはメロディーであり、自律神経はハーモニーのようなものです。そして脳がそのすべての指揮を執ることになります。

コラム前半で触れた「痛み」とはこの体内のリズム、メロディー、ハーモニーが崩れ、大舞台で交響曲を奏でられない状態と言えます。

誰にでも、その人だけの最高の交響曲を奏でられる能力が備わっています。

その人だけの美しい曲を作曲できるポテンシャルを誰もが持っているのです。

処方箋を書き、投薬や治療にあたること以外で医師にできることのひとつに、その曲を楽譜に落とし込み、本番前の練習にとことん付き合うことがあるのかもしれませんね。

深刻な病気はもちろん専門外来での対応が必要ですが、慢性痛や病名のつかない、あるいはついても治療が長期に渡る不調和による痛み・・・偏頭痛、腹痛、肩や腰、背中の痛み、膝の痛み、そして心の痛みを癒し軽減するために大好きな音楽の力を借りること。

聴く音楽は、必ずしもクラシック音楽でなくて構いません。

幼いころから繰り返し聴いた、聴くだけで笑顔が出る、思い出が溢れる、涙が頬を伝う、そんな音楽があって、それを有効に使うことができれば、その人のオーケストラはもっと実力を発揮できるようになり、もっと幸せな人生を生きることが出来ます。

人生と言うその人だけの交響曲を、できるだけ不協和音なく最後まで奏でられるように。

医師ができること、医療ができること。そして、現世界では医療という言葉を使われはしないけれど医学的裏付けを持ってできることに何があるのか。

そんな研究をこれからも僕なりにしていきたいですね。

最後になりましたが、今回監修したCDシリーズには敢えて収録しなかった、僕が最も好きな作曲家であるリヒャルト・ワーグナーの楽曲を紹介したいと思います。

不安にかられたり、自分に自信を失ってしまいそうになるとき、大好きなのに避けてしまうのがワーグナーの楽曲です。

ワーグナーの音楽は男としての自信に満ち溢れ、それをさらに後押しするような曲ばかりですからね。

逆に言うと、僕にとってワーグナーを聴きたいと思う時、聴くことで感動できるときは、自分に確信を持てるときや気力、充実感に溢れるときです。

音楽というのはこうして心の状態を測る目安にもなるわけですから、面白いですよね。

ヒトラーがワーグナーを好んだのは有名な話ですが、TVドラマ「白い巨塔」でも、財前吾郎がワーグナーを口ずさんでいました。

彼にあの曲を当てはめたディレクターさんはすごいな、と思ったことを覚えています。彼の性格とぴったりはまっていました。

そして、僕自身がワーグナーの作品の中で最も好きなのも、この財前教授が口ずさんでいた曲を含むオペラ「タンホイザー」です。

「タンホイザー」は1845年にドレスデンのゼンパーオペラで初演が行われました。なんと、その時にはワーグナー自らがタクトを振ったのだそうです。

タンホイザーの中には、僕が好きでたまらない旋律が二つあります。ひとつが、その「タンホイザー序曲」。もう一曲は第二幕で流れます。

二幕でタンホイザーは吟遊詩人たちの集まる歌合戦に参加することになるのですが、この歌合戦が始まる時の入場の曲が本当にすばらしいのです。

僕はいつもこの歌の合唱のフレーズが入ると、感動して反射的に鳥肌が立ち、そして涙が出そうになるのです。

ちなみに、ドライブ中に聞く音楽でもっとも危険な曲は、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』であるという調査結果が、イギリスかどこかの調査期間で出されたことがあります。

確かあのような早いビートの曲を大音量で聴くと、ドライバーの危険回避の動作が約20%遅れるとか。

ワーグナーには「ワグネリアン」と呼ばれる熱狂的なファンが世界各地にいることでも知られています。女性は苦手と感じる人も多いようですが、ワーグナーの曲はこの日本でも様々なメディアで使われていますので、意外とご存知の曲も多いかと思います。良かったら一度お聴きになってみてください。

脳を刺激し、心を動かす音楽。今回のコラムが思い出の曲を久しぶりに聴くきっかけとなったり、今まで聴いたことのない楽曲に興味を持つ機会となれば、幸いです。