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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

仏門学校での勉強始めました

【神学、仏道について、今年は仏門学校で勉強始めました】

以前記事に書いたこともありますが、明治生まれの僕の祖父は身延山で日蓮宗の僧侶の資格をとり、門下の子供を教えているうちに、頭が良いので医師になれと言われ、旧制一校を経て医師になった人です。

ハンセン氏病の研究で九州大学で医学博士をもらい、戦中は沖縄のハンセン氏病施設に赴任されて院長をしており、この時の話は以前テレビでも取り上げられました。

https://youtu.be/v3CsUoGA1Zs

(写真は1945年当時の祖父で、沖縄県公文書館からお借りしています。)

その後、静岡県三島市に居を移し、朝4時に起きてお経をあげ、日中は医院で外来をする生活を続けていました。

僕が物心ついたときには医院は辞めていましたので、将棋やオセロをした記憶しかないのですが、ちょうど僕の大学受験期の昭和の終わりに亡くなったため、それまで外交官を目指して文系の勉強をしていた僕は、この日を境に医学部併願を考えるようになり、10月に願書を取り寄せることになるのですが、まあそれはまた別の機会に。

そんな僕も、あと数年で医師免許を取得してそろそろ30年目の節目を迎えます。最近になって祖父の考えをもう少し深く理解してみたいものだと思うようになりました。

医師になった僕が初期に選択したのは、麻酔救急の分野でした。

急性期医療はまず手を動かせなければなりません。

点滴やIVH挿入、挿管などやらなければならないことがある程度決まっていて、「救命のためにルーチン通りのその作業を素早くすること」が求められていました。

両親も高齢になり、様々な医療相談を受けるたびに、高齢者医療の難しさは、経験ばかりで補えるものではないのだなあと思うようになりました。日本の国民皆保険の保険診療ができたころと比較して、疾病構造が大きく変化していますし、病状も複雑化しています。

人間70歳を越えたら体のどこかに不調を持っているのが当たり前で、がん細胞ともいくつも共生しているものです。

さらに、自分の身体の不調に対するセンサーの感度も落ちています。もしもガンを外科医が見つけたら、相手がたとえ100歳でも健康状態が良ければ切りたくはなりますが、切らない選択肢が良い場合ももちろんある。

多くの病状を想定して、その人の生活習慣や社会的なバックグラウンドや本人と家族のインテリジェンスなどを考慮したうえで、より包括的な最適解を求めるアドバイスが必要になってくるのです。

そのアドバイスや最適解を求める際に、僕は今まで、主に応用科学の世界を扱う、いわば「実態のあるものを対象」とする形而下学に根拠を求めてきました。 物事を考える根拠として、医学(生物学)、工学(物理学)、薬学(化学)の、僕の取得した三つの博士号の分野の研究立証方法を利用すれば、最適解にたどり着けるものだと。

確かに50歳までに、それまで人生の目標としていた「医師としては国際学会100回招待講演」、「研究者として工学部の教授の職を得る」、「経営者としては株式上場に関わる」ことを達成するまでは、その方針で良かったのではないかと思います。

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しかしながら、今後、自分の思考根拠をサポートする上でどうしても必要だなと思うのは、神学、仏道などの「実体のない原理」を研究の対象とする形而上学なのですよね。

人間が生まれて20万年。意味がある文字をもって記録が残るようになってからは1万年余りと言われていますが、実際のところ、ほんの100年前までは、医学も栄養学も進歩しておらず、病気は祈って治している場合が多かった。

この分野を一度きちんと学ばないと、先にはいかせてもらえない。そんな気持ちになりました。

得度を目指して頑張ります。


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