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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

カテゴリー:経営学

医療経営と「営業」という見えにくいリスク

日本の医療機関の経営が極めて困難になりつつあります。診療報酬の抑制、人件費の上昇、物価高、そして患者の行動変容。こうした複合的な圧力の中で、医療の質とは別の次元で「経営判断」が問われる場面が確実に増えてきました。

スポーツの世界におけるプレイングマネージャーのように、医療においても同様の構造が静かに進行しています。医師としてはクオリティを極限まで高めたい。一方で経営者としてはコストを抑制しなければならない。この二律背反を同時に成立させることは、想像以上に消耗の大きい営みです。

大学時代、ある准教授が酒席で語っていた言葉が今でも記憶に残っています。「精神的余裕、時間的余裕、金銭的余裕、この三つがなければ本来医業は成り立たない」。当時は一つの理想論にも聞こえましたが、今振り返ると、それはむしろ医療の本質を突いた言葉だったのだと思います。そして現在、その前提条件そのものが急速に失われつつある。ここに、現代の医療経営の難しさがあります。

努力を重ねて医師となりながら、保険診療の価格構造や過重労働に直面し、キャリアの早い段階で自由診療領域へ移行するケースも少なくありません。しかしどの分野であれ、外から見える“華やかさ”と実態には必ず乖離があります。他人の芝は青く見えるだけであり、どの世界にも固有の困難と構造的制約が存在する。この前提を見誤ると、判断は容易に揺らぎます。

そうした環境の中で、多くの医師が直面するのが“営業”という領域です。医療は本来、需要を恣意的に創出することが許されない分野です。そのため、外部から持ち込まれる提案と、それを評価する側の理解度との間に、構造的な非対称性が生まれやすい。

典型的なものとして、ホームページ制作、出版、YouTube・SNS運用代行、そして集患コンサルティング。いずれも無視できない要素ですが、共通しているのは「成果の評価が曖昧なまま投資が先行しやすい」という点です。そして本質的には、これらが本来医療者自身が理解しておくべき構造であるにもかかわらず、外部に委ねやすい領域であるという点にあります。

では、どう向き合うべきか。

クリニックFでは開業以来、いわゆる集客に対して直接的な費用を投じてきませんでした。代わりに徹底してきたのは、最新機器への先行投資とコンセプトの明確化です。誰に何を提供するのかを定義し、その軸をぶらさない。その結果として、患者側が選び、同時に医療側も患者を選ぶという関係性が成立します。医療には相性がある。この前提に立つことで、無理のない持続性が生まれます。

そして「口コミに優る集客はない」。満足度が高ければ自然と紹介が生まれ、リピート率が安定する。結果として新患に過度に依存することなく、医療のクオリティを高めることに集中できる。この状態こそ、一つの理想形だと考えています。

その上で、外部の提案に対しては明確な原則を持つ必要があります。

目的を定義すること。小さく試すこと。数値で評価すること。そして最終的に内製化すること。さらに言えば、医学に閉じない複数の専門性を持ち、提案を評価できる側に立つこと。そして最後に残るのは、極めてシンプルな一点です。

「その選択は、自分の医療の質を高めるのか、それとも下げるのか。」

この問いに対して明確に答えられない提案であれば、どれほど魅力的に見えても一度立ち止まるべきです。

世界の学会で繰り返し確認されるように、医療は最終的に再現性と客観性に還元されます。経営もまた例外ではありません。

華やかさではなく構造を見る。

短期的な効果ではなく、長期的な持続性で判断する。

医療経営とは、突き詰めればこの繰り返しなのだと思います。

The Invisible Risk of “Sales” in Medical Management

The management of medical institutions in Japan is becoming increasingly difficult. Suppressed reimbursement rates, rising labor costs, inflation, and shifts in patient behavior—amid these compounded pressures, situations are steadily increasing in which management decisions are tested on a dimension separate from the quality of care itself.

Much like the concept of a playing manager in sports, a similar structure is quietly emerging in medicine. As physicians, one seeks to maximize quality to its utmost limits; as managers, one must simultaneously control costs. Sustaining these two opposing demands at once is far more exhausting than it may appear.

I still remember the words of an associate professor who once spoke at a gathering during my university days: “Without mental, temporal, and financial leeway, medical practice cannot truly function.” At the time, it sounded somewhat idealistic. In retrospect, however, it was a remark that captured the very essence of medicine. Today, those very prerequisites are rapidly eroding. This is where the core difficulty of modern medical management lies.

Even after years of effort to become a physician, many encounter the constraints of the insurance-based pricing structure and excessive workloads, prompting some to shift early in their careers toward private practice. Yet in any field, there is always a gap between outward appearance and reality. The grass only seems greener on the other side; every domain has its own inherent difficulties and structural constraints. Misjudging this premise can easily lead to flawed decisions.

Within such an environment, many physicians inevitably confront the domain of “sales.” Medicine, by its nature, does not permit the arbitrary creation of demand. As a result, structural asymmetry tends to arise between externally proposed services and the level of understanding on the evaluating side.

Typical examples include website development, publishing, outsourced management of YouTube and social media, and patient acquisition consulting. None of these can be dismissed outright; however, they share a common feature: investments tend to precede outcomes, while the evaluation of results remains ambiguous. More fundamentally, although these areas involve structures that healthcare professionals themselves should understand, they are often readily outsourced.

So how should one engage with this?

Since its founding, Clinic F has not invested directly in what is typically considered marketing. Instead, we have consistently prioritized early investment in advanced equipment and the clarification of our core concept. We define clearly who we serve and what we provide, and we do not waver from that axis. As a result, a relationship emerges in which patients choose the clinic, and at the same time, the medical provider also chooses the patient. There is such a thing as compatibility in medicine. By acknowledging this premise, a sustainable and balanced model naturally takes shape.

Moreover, there is no form of patient acquisition more powerful than word of mouth. High satisfaction naturally generates referrals, and repeat visit rates stabilize. This allows us to avoid excessive dependence on new patients and instead focus on enhancing the quality of care. This, I believe, represents one form of an ideal state.

At the same time, it is essential to establish clear principles when evaluating external proposals:
Define the objective. Start small. Evaluate quantitatively. And ultimately, internalize the capability.

Beyond that, one should cultivate multiple areas of expertise beyond medicine, positioning oneself as the evaluator of proposals rather than the recipient. And in the end, what remains is a remarkably simple question:

“Does this choice enhance the quality of my medical care, or does it diminish it?”

If a proposal cannot provide a clear answer to this question, no matter how attractive it may seem, it warrants a pause.

As repeatedly confirmed in international academic forums, medicine ultimately reduces to reproducibility and objectivity. Management is no exception.

Focus not on appearances, but on structure.
Judge not by short-term effects, but by long-term sustainability.

In the end, medical management is nothing more—and nothing less—than the continual repetition of these principles.


自費診療とエビデンス──“医療崩壊前夜”の徒然

【自費診療とエビデンス──“医療崩壊前夜”の徒然】

「結局、医療はエビデンスだけでは回らない時代になったのだな」と思う。

厚生労働省の中医協資料(令和4年度・2022年度)によれば、コロナ関連補助金を除くと、一般病院の赤字割合は実に69.7%、一般診療所でも29.5%に及ぶという。
さらに、2024年度診療報酬改定後に実施された日本医師会等6団体の緊急調査では、医業赤字病院が68.9%、経常赤字病院も61.2%に達したと報告されている。
つまり、病院の約7割が赤字という現実。

僕の2006年のMBA学位請求論文テーマはこうだった。

“Conversion of Corporate Structures in Japanese Medical Institutions – Strategies for Strengthening Hospital Management Including Incorporation as Joint-Stock Companies”
日本の医療機関の法人形態の転換―医療機関の株式会社化を含む病院経営の強化策について―

「保険診療だけでは医療機関経営は難しい。レーザー医療機器などアンチエイジング医療を経営の補助エンジンとし、医療機関の株式会社化まで視野に入れた経営改善をすべきだ。」
もちろん医師としては、医療のクオリティを少しでも上げたい。医学はエビデンスに基づいてこそ科学だからだ。

しかし現実には、医療以外の医師業務は多彩化し、疲弊し、鬱となり、燃え尽きて去っていった医師たちを、僕は数え切れないほど見てきた。
思えば、人付き合いが苦手な医師にとって、保険診療はある意味で楽園だったのだろう。
厚生労働省の診療報酬体系に守られ、患者は黙って来院し、処方箋を書き、検査をし、点数が加算される。もちろん救急や在宅など激務はあるが、患者との関係は「主治医と患者」という役割で成り立っていた。

しかし、自費診療に舵を切ると状況は一変する。
患者は「お客様」となり、応対力、説明力、空間演出力、そして“また来たい”と思わせる人間的魅力まで問われる。

そして今、この自費診療の世界で静かに起きていることがある。

──エビデンスを無視した自由診療の乱立だ。

美容医療、アンチエイジング、予防医療の分野では、医学的根拠よりもマーケティング、SNS映え、インフルエンサーとの提携が収益を左右する。PubMed検索をしてもデータがほとんどない施術やサプリメントが、堂々と高額で売られている現実がある。
そんな中、この国の医療の脆弱性を感じずにはいられない。
国民医療費抑制を盾に、政治不信の矛先をそらすために続けられてきた医療費削減。自立した経営機関として成り立たなくなる医院が今後さらに増えるだろう。

その結果としての──
医療崩壊。

この言葉はパンデミックの専売特許ではない。診療報酬の伸び悩みと、自費診療市場の無秩序な拡大が同時進行する今こそ、現実味を帯びてきている。
エビデンスに殉じるか、エビデンスを捨ててでも生きるか。
医学の世界で叩き込まれた信念と、経営者として生き残るための戦略。その狭間で、今日も志の高かった、多くの若い医師たちが、黙って舵を切っている。


数学者の頭脳とビジネスの現場 ――抽象の力が現実を制すとき

数学者の頭脳とビジネスの現場

――抽象の力が現実を制すとき

「数学ができる人は、ビジネスにも強い」――そう聞いて、どう感じるだろうか。

私にとっては、むしろ当然のことのように思える。

というのも、かのHarvard Business Review(2016年9月号)ではこう記されている。

「トップビジネススクール出身の起業家のうち、STEM系出身者の成功率は文系出身者の1.6倍にのぼる」

この数字が示すのは、単なるアカデミックな偏りではない。

数学的な思考が、混沌としたビジネス世界を読み解く“言語”となるという事実である。

起業とWACC――数式が語る経営の勘どころ

学生時代、「将来は会社を起こしたい」と夢見る若者たちに、私はこう勧めたい。

「まず、数学を学んでください」

たとえば、世間では「無借金経営が素晴らしい」と信じる経営者も多い。だが、実際の企業価値評価の世界では、必ずしもそうとは限らない。

僕がビジネススクールで学んだ最も基本的な概念はWACC(加重平均資本コスト:Weighted Average Cost of Capital)だった。

WACCとは?

企業が調達した自己資本と負債に対して、どれだけの“資本コスト”を支払っているかを示すもので、数式で表される。

■ WACCが使われる場面

1. 投資判断の基準
 → プロジェクトのIRRがWACCを上回るかで投資の妥当性を判断。

2. 企業価値評価(DCF法)
 → 将来キャッシュフローの割引率としてWACCを使用。

3. 資本構成の最適化
 → 自己資本と負債のバランス調整で資本コストを最小化できる。

これらを理解せずして、経営判断を誤れば、企業は未来を見誤る。投資の機会は数限りなく訪れる。いちいち計算するのではなく、最適解を頭の中で予想してジャッジしないと対応が遅れてしまう。WACCの数式を「読める」ことは、すなわち「資本の設計図を描ける」ことなのだ。

数学者がなぜビジネスに強いのか?

1. 世界を抽象化する

数学者は、現象を「構造」に変換する訓練を受けている。
「なぜこの事業は失敗したのか?」という問いに対し、感情論ではなく、数式とモデルで捉え直す力がある。
• 例:売上 = 単価 × 顧客数
• そこに LTV(顧客生涯価値)や CAC(顧客獲得コスト)を組み込む発想
これは、コンサルティングファームが数理的訓練を重視する理由とも重なる。

2. 因果と相関を峻別する論理力

ビジネスでしばしば混同されるのが、「因果関係」と「相関関係」である。
「広告を打ったら売上が上がった」→「だから広告は成功だった」と短絡するのは危うい。
数学に強い人は、因果推論や回帰分析といった統計的手法で、それを見抜くことができる。

3. リスクと不確実性への耐性

ビジネスは“予定調和”ではない。
むしろ、予測不能な変数に満ちている。そこで必要なのが、確率論的思考だ。
ジェームズ・シモンズ(James Simons)――数学者にして、世界最強のヘッジファンド「ルネサンステクノロジーズ」創業者。
彼の哲学は、「市場を予測する」のではなく、「変動をモデル化する」ことにあった。

4. 構造化と最適化という知的武器

ビジネスの現場では、常に「限られた資源をどう使うか」という問いがつきまとう。
• 線形計画法による最適配分
• 微分・需要の弾力性による価格設定
• 在庫理論・ロジスティクスによる効率化
これらはすべて、数学の応用知である。

5. 意外にも、人間関係にも強い?
数学者は「理詰めで非社交的」と誤解されがちだが、ゲーム理論的発想を持つ彼らは、むしろ人間関係を構造化して捉える力がある。
たとえばナッシュ均衡――
複数の利害関係者が合理的に動く中で、最適な妥協点を見つけ出す発想は、交渉・調整の場でも極めて有効だ。

総括:数学は“未来を読む言語”である

かつてガウスは言った。
「数学は科学の女王であり、数論は数学の女王である」

しかし、今あらためて言おう。

数学は、現代経営の女王でもある。

混沌、不確実性、変数に満ちたこの世界で、数式というレンズを通して本質を捉える力こそが、真の意思決定者を育てるのだ。


DBA(Doctor of Business Administration:経営管理学博士)

DBA(Doctor of Business Administration:経営管理学博士)って、ご存じでしょうか?

僕自身がMBA(経営管理学修士)を2006年に取得して約20年。

当時は医師でMBAを取得していた者はほとんどいませんでしたが、その上位学位となります。

長年のご縁がつながって、今回、DBA博士請求論文を提出しました。

順当に行けば、2025年2月にパリでDBAの授与式に参加できることになります。(もうフライトチケットは取ってしまいましたが…)

僕も最初の大学が慶應義塾大学の経済学部ですし、経営について考えることが好きですが、自身も株式上場にかかわったり、上場企業とのコンサル契約を何社もやったりと、この20年間に培った経営経験値を考えると、MBA取得のころのビジネス知識で書いた論文は、今思うと子供みたいですよね。(笑)

MBAの学位請求論文は、「医療機関の法人形態の転換―医療機関の株式会社化を含む病院経営の強化策について―」でしたが、
DBAの学位請求論文は、以前から興味があった、AI時代の教育問題のビジネス化について
「New Frontiers in Learning: Challenges and Opportunities for Higher Education in the AI Age(学びの新たなフロンティア:AI時代の高等教育が直面する課題と可能性)」
の題目にしました。

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以前もこのブログで、ここ30年で記憶することの価値の暴落が起こったので、大学の入試をiPhoneを持ち込んでやるべきではないか?と投稿したこともあります。

僕が中学生の時代、5.25インチフロッピーディスクは、容量が1.2Mバイトの2HD(両面高密度)で、金額は2万円ぐらいしました。

現在は2万円の記憶容量の機器を買うと、2Tバイトぐらいの情報量が買えるのではないでしょうか?

同じ容量の記憶の価値は、10億分の1になったということです。

それこそテレビのクイズ番組も、iPhone持ち込みにしたら世論も大きく変わるでしょうね。

AIが進化することで、今まではAI曝露率が低いと言われていたグラフィックデザインや動画編集といったクリエイティブ分野や、分析系の職種での人間の介入が減ることが考えられます。

今の子供たちの6割は、今ない職種に就くと言われていますが、記憶ではなく、思考し議論する教育に変えてゆかないと、日本は世界からあっという間に周回遅れにされてしまいます。

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DBA取得者とMBA取得者の主な違いは以下通りですが、本質的な違いはMBAは「実務者を育成」、DBAは「創造者を育成」するのが目的といえますね。

1. 目的
MBA: 実務中心で、経営スキルやリーダーシップを向上させるための実践的なプログラム。
DBA: 理論と実務の融合を目指し、課題解決や戦略策定を科学的に研究することが目的。

2. 対象者
MBA: 若手~中堅のビジネスプロフェッショナル。
DBA: 経営者、シニアマネジメント、または経営分野の研究者志望者。

3. 学習内容
MBA: 財務、マーケティング、組織論など、実務に直結する幅広いスキルを習得。
DBA: 実務課題を研究テーマとして掘り下げ、理論的分析や新知見の創出を重視。

4. アプローチ
MBA: ケーススタディやチームプロジェクトを通じて実践力を鍛える。
DBA: 独自研究を行い、論文を執筆する。

5. キャリアの方向性
MBA: 実務の即戦力として、マネージャーやリーダーとして活躍。
DBA: 経営コンサルタント、研究者、大学講師、または企業の変革リーダー。

6. 期間
MBA: 1~2年が一般的。
DBA: 3~5年を要する場合が多い。

DBAは経営管理博士を意味する学位です。

経営学の最高学位として定められ、学術的に高度な知識を身に付けるのはもちろん、現場でのマネジメントやリーダーシップに直結する実践的・応用的なスキルを習得する職業学位と捉えることができます。

従って、企業組織のリーダーや起業家を目指す方々が多く見られます。

同じ「Doctor」という表記が含まれることから、DBAとPh.D(Doctor of Philosophy)との関わりが気になるかもしれません。

Ph.Dは、特定の研究分野の高度な研究能力を証明するもので、研究や学界でのキャリアを積みたい人が主に取得する最高学位です。

まだまだ取得者が少ないDBAは、希少価値がありますし、ビジネススクールの教授になるのに、アカデミックなPhDとプラクティカルなDBAを取得した者を条件としている国もあります。

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日本の場合、医学会でさえも博士号のない人同士が討論している場合もありますが、それは単なるワークショップであり、議論も印象戦です。僕が博士号や、海外の学会発表にこだわるのは、やはりその場が一番、エビデンスに基づいた知的好奇心を満たしてくれるからなんですよね。
博士号取得にご興味がある方は、いろいろアドバイスできますので、ぜひ、ご相談くださいね。
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New Frontiers in Learning: Challenges and Opportunities for Higher Education in the AI Age”
Abstract
This thesis explores the integration of Artificial Intelligence (AI) in higher education, focusing on the challenges, opportunities and implications for teaching, learning and institutional transformation. As AI technologies such as machine learning, natural language processing and data analytics continue to advance, they offer significant potential to revolutionize educational practices, providing personalized learning experiences, improving administrative efficiency, and supporting student success. However, the adoption of AI in higher education also presents several challenges, including technological limitations, resistance to change, ethical concerns, and disparities in access. This study uses a qualitative research approach, employing thematic analysis to examine the perspectives of higher education administrators, faculty, and students on AI integration. The findings highlight both the transformative opportunities AI offers, such as enhancing learning experiences and enabling global collaboration and the barriers institutions face, including issues of equity, data privacy and faculty training. This thesis argues that the successful integration of AI requires strategic planning, policy development and a commitment to ethical considerations. The study contributes to the ongoing discourse on AI’s role in education, offering recommendations for universities, policymakers, and AI developers to navigate the evolving landscape of higher education in the AI age.

日本語訳「学びの新たなフロンティア:AI時代の高等教育が直面する課題と可能性」

要旨

本論文では、人工知能(AI)が高等教育にもたらす影響について、課題や可能性を中心に考察します。

AI技術の進化により、個別化された学習体験の提供や管理業務の効率化、学生の学びを支援する新たな手法が生まれる一方で、技術の限界や変化への抵抗、倫理的課題、そしてアクセスの格差といった問題も浮き彫りになっています。

本研究では、高等教育機関の管理者や教員、学生たちの意見をもとに、AI導入がどのような影響を与えるのかを質的に分析しました。

調査結果からは、AIが学びを豊かにし、国際的な連携を広げる可能性がある一方で、公平性やデータの安全性、教員のスキル向上など解決すべき課題が見えてきました。

本論文は、AIを活用するためには戦略的な計画や政策づくり、そして倫理的な配慮が欠かせないことを提案しています。

未来の教育環境を築くために、大学、政策立案者、AI開発者がそれぞれの役割を果たす道筋を示す一助となることを目指しています。


Frankie & Johnnie’s Steakhouse

最後の夜はニューヨークに住む友人夫妻と三人で、ステーキハウスへ。

ちょうど先月に日本の上場企業の社長に就任が決まったのだそうで、ニューヨークで会えるのも最後でした。

海外で活躍する日本人は、マスコミ経由ではなく、客観的に物事をみる癖がついているのか、バランス感覚が良い人が多いですよね。会話も弾み、楽しく食事を終えました。
https://www.nyctourism.com/…/frankie-johnnies…/


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