長い道のりを経て、エルサレムから帰路につくことになりました。
もう24時間後には日本についているはずです。
僕を案内してくれた運転手さんと写真を撮り、空港に送ってもらいました。
最後に見えた、エルサレムの遠景です。
わずか数時間の滞在でしたが、ここで得られた経験をもとに、次のステップに踏み出したいと思いました。
長い道のりを経て、エルサレムから帰路につくことになりました。
もう24時間後には日本についているはずです。
僕を案内してくれた運転手さんと写真を撮り、空港に送ってもらいました。
最後に見えた、エルサレムの遠景です。
わずか数時間の滞在でしたが、ここで得られた経験をもとに、次のステップに踏み出したいと思いました。
岩のドームから、再びキリスト教区を聖墳墓教会にむかって歩いてゆきます。
この教会はキリスト教徒にとって記憶すべきいくつかの場所を祭っているのです。
聖墳墓教会(Holy Sepulchre)は、その名の通り、キリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に建っています。
そして、この教会の内部には、キリストの遺体が埋葬されたお墓があるのです。
トンネルをくぐり、僕の目の前に突然現れたのがこの聖墳墓教会でした。
教会に入り、右手の階段を登ると、その場所は、かの有名な「ゴルゴタの丘」でした。
ゴルゴタの丘という名前から、僕は野原ある丘のようなものを想像していたのですが、今は教会の内部にあるのですね。
すぐ左のイエスの十字架が建てられたとされるこの場所には、祭壇がありました。
祭壇の下には小さな穴があるそうで、この穴に十字架が建てられたのだそうです。
多くの人たちが祭壇の下にもぐっています。
おそらくキスをしているのでしょうが、長い行列で僕は穴を見ることが出来ませんでした。
階下にはゴルゴダの丘の割れた岩が見える場所がありました。
階段を降りると、十字架から降ろされたイエスの遺体が、アリマタヤ出身のユダヤ人ヨセフによって降ろされた場所とされる石が祭られています。
このヨセフは、イエスの処刑を行ったローマ帝国のユダヤ属州提督のピラトゥスに願い出て、イエスの遺体を引き取ったと新約聖書の4つのすべての福音書に記載があります。
12人の愛弟子すらも全員が逃げ出した状況下で、イエスの遺体を引きとり、香料とともに亜麻布でくるんでイエスの埋葬を引き受けた行為は、当時さぞかし勇気があったのでしょう。アリマタヤのヨセフは、聖人として今も祭られています。
さらに左手に進むと、イエスの埋葬された「復活の御堂」があります。
この中にイエスの墓があるのですが、こちらも小さな部屋に入るために長い行列があり、残念ながら中に入る時間はありませんでした。
僕の母はクリスチャンなのですが、まだ僕が小学校に上がる前に、このイエスの最後の日の聖書の記載について、話してくれた記憶があります。
僕は仏教徒でクリスチャンではありませんが、この教会は、どうしても訪れてみたかった場所だったのです。クリスチャンであれば、きっと涙を流したことでしょう。
この日もひっきりなしに人が訪れていました。
嘆きの壁から旧市街の小さな小道を歩きながら、今度はイスラム教の聖地である「岩のドーム」を目指します。
このあたりはユダヤ教地区。
ヨーロッパのような綺麗な街並みが続きます。
途中歩く光景は、異国情緒にあふれています。
こんなTシャツを見つけました。
「アイ・ラブ・NY」ではなくて、
「アイ・ラブ・エルサレム」。
当たり前ですが、初めて見ましたよ。面白い!!
しばらく歩くと隣接するイスラム教地区に入ります。この街を歩いていると、あたかもインディージョーンズの映画の中にいるよう…(笑)。
岩をくり抜いたようなレストランもありました。
たどり着いた「岩のドーム」は、イスラム教の教祖であるムハンマドが、一夜のうちの昇天する旅(ミウラージュ)を体験した場所とされています。
さらに、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとっての共通の預言者アブラハムが、息子のイサクを神にささげようとした場所と信じられている「聖なる岩」を取り囲むように西暦692年に建設されました。
この「岩のドーム」、残念ながら僕がこの地に着いたときは時間が遅くて、中を見ることはできませんでした。次にもし来られたらぜひ見たいですね。
タクシーを駐車場に停めてもらい、運転手さんと一緒に“嘆きの壁”に向かいます。
ここは、古代ヘブライ王国のエルサレム神殿のうち、現在まで残されたヘロデ神殿を囲む西側の壁の一部なのです。
こちらの人は
「Western Wall(西側の壁)」
と呼んでいました。
西暦70年にローマ帝国によって破壊されたこの神殿は、ユダヤ教徒にとっての聖地でした。
1967年の第三次中東戦争でこの神殿の跡地である旧市街地を占領するまでの1900年間。ユダヤ教徒はこの「嘆きの壁」に来て、自由に祈りをささげることができなかったのです。
厳重なセキュリティーを越えて中に入ります。
そしてここが「嘆きの壁」=「Western Wall」
向かって右側が女性用、左側が男性用と分かれています。
壁に到る門には、聖地に入るための紙の帽子が用意されています。
壁は見上げるように高いものです。多くのユダヤ教徒たちが祈りをささげる中、写真を撮っている観光客も沢山いました。
こういった聖地に入ると、厳かな気持になります。
こちらは城壁に建物の中にある壁です。多くのユダヤ教の書物を置いた書庫があり、さらに多くのユダヤ教徒たちが祈りを捧げていました。
この「エルサレム旧市街とその城壁群」は、ヨルダンの申請により世界遺産にも登録されている地です。
タクシーの運転手に車の中で待っていてもらい、あたりを散策しました。
わずか1km四方の土地に、ユダヤ教徒地区、キリスト教徒地区、イスラム教徒地区、そしてアルメニア人地区があり、それぞれの市街に歴史的・宗教的建造物が多く残っています。
ちょっと路地に入りこむとこのようなお店がたくさん。
お土産屋も多かったですが、生活必需品を売っている店も多かったですよ。
他の都市のように、押し売りがないのが不思議でした。
見かけた郵便局には、イスラエルの国旗がはためいていました。