【新国際学会周遊記──“平和教育”という名の思考停止からの覚醒】

戦後80年あまり、日本は気が付けば「考えてはいけない領域」を持つ国になっていました。
「核」と聞けば条件反射で思考停止。「軍事力」の話をすれば「戦争したいのか」と感情的に糾弾される。
まるで国際常識を知ること自体が“悪”であるかのような空気が、教育とメディアの中で70年以上も醸成され続けてきたのです。
しかし、世界の現実は違います。
歴史を俯瞰すれば、戦争は「抑止力」を持たない国で頻発し、「核」を持つ国同士の間では抑止のバランスが機能し、大規模戦争が回避されてきたことは明白です。
戦争が起きるのは常に非核国、代理戦争の舞台は常に核保有国の外──これが冷徹な現実です。
一方、日本国内はどうでしょう。
「平和憲法が日本の平和を守った」という魔法のような言葉が未だに流布されています。
しかし実態は、米国の核の傘と軍事力に安全保障の全てを丸投げし、その代償として外交権も経済戦略も失ってきたのが戦後日本の本当の姿でした。
世界の国々は“自ら守る力”を前提に国家運営をしています。独立国家である以上、自国の軍事と外交を他国に委ねるという選択肢は本来ありえないはずです。しかし日本では「軍事は悪」「核は絶対悪」という単純化された価値観のもと、議論自体が封印され続けてきました。
これこそが「平和教育」の最大の問題点です。
本来、平和とは「自らの力で維持するもの」です。
にもかかわらず、日本人は「戦争=絶対悪」「軍事=悪」「核=タブー」と刷り込まれ続けてきた結果、独立国として最も基本的な“安全保障の自覚”すら奪われてしまったのです。
忘れてはならないのは、世界の平和は“善意”によって守られているのではなく、“均衡(バランス・オブ・パワー)”によって維持されているという事実です。
なぜ日本はこの常識から外れてしまったのか。
理由は明確です──戦後日本は冷戦構造の中で「軍事的従属国」「経済植民地」としての立ち位置を与えられ、その構造が与野党の政治構造を通じて今日まで温存されてきたからです。
政権交代はあっても、根本の国防政策は常に“属国路線”のまま。これは戦後世界秩序の設計図そのものだったのです。
実際、日本には世界有数の原子力発電所群と、核燃料サイクル技術があります。少し本気を出せば、他国に頼らずとも自国の抑止力を持つことは可能です。しかし、それを議論すること自体が“危険思想”とされ続けてきました。
気がつけば、日本人は「守ってもらうこと」を当然視し、「自ら守る責任」を放棄したまま“平和”を語る民族になってしまったのです。
もう一度言います。
私は戦争を肯定しているわけでも、軍国主義を推進しているわけでもありません。しかし、真の独立国として「戦争を起こさせない強さ」「堂々たる交渉力」を持つために軍事的基盤を整えることは、国際常識では当たり前の選択です。
“平和”とは、守る意志と力があってこそ成立するもの──この極めてシンプルな真理に、私たちは目を覚ますべき時期に来ているのではないでしょうか。
“平和憲法”では平和は守れない。他国の軍事力に頼った“幻想の平和”から、今こそ日本は卒業し、自らの意志と力で国家の未来を切り開く覚悟を持つべきだと、僕は思います。
