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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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第三世代のサーマクール 「サーマクールCPT」 登場

「サーマクール」と言えば、肌のたるみを施術するエキスパートとして世界中に知れている名前です。

2003年の初代サーマクールの登場から、

2007年の二代目サーマクールである

「サーマクールNXT」

が登場し、操作性が飛躍的に上がりましたが、いよいよそのサーマクールに上位機種が出ることとなりました。

第三世代のサーマクール「サーマクールCPT」です。

ちなみにCPTは

Comfort (快適な)

Pulse (パルス照射)

Technology (技術)

の略だそうです。

この 「サーマクールCPT」 は、今年の8月にバミューダで行われたコントロバーシーズ&カンバセーションズという学会で、世界で初めて概要が発表されました。

僕も毎年出席している学会ですが、ハーバード大学の光医学研究所の卒業生が集まる同窓会のような学会。医師の本音が聞けるのです。

このサーマクールCPTですが、痛みを減少させるために、ハンドピースにバイブレーターが付き、クーリングパルス(上図の青パルス)を挿入することによる、エネルギー・デリバリーの新しいアルゴリズムが開発されました。

さらに新機種は従来のシステムに比べると、照射部位に対して「より均一な加温」と「高温」が長く持続するようになっています。

「より痛みが弱く、より効果が上がる」 CPTシステムは、専用の使い捨てチップを使用します。

入れ替わりの早いレーザー・光機器の中、2003年から一貫して「たるみ」治療に使用されてきたサーマクール。

通常であれば、より良い機器が開発されると、どんな機器も名前が廃れてしまいます。

逆にいえば、「たるみ治療」に関しては、これを超える機器は開発されなかったのだといえます。

僕は8月にCPTの発表があった時から、導入を決めていました。

日本でのデリバリーはもう少し遅いのではないかといわれていたのですが、

いよいよ今月、日本デビューすることとなり、今日クリニックFでも日本に最初に入るロットの契約を済ませました。

到着が楽しみです。またブログでご紹介しますね。

→11月26日に日本導入の1号機がクリニックFに導入され、11月27日より治療が可能になりました。

 


ベルリン経由で帰国

さて、前日のトゥーランドットの余韻も冷めやらぬうちに、仮眠をとって早朝5時にホテルを出ました。

400kmの道のりを走ってベルリンに向かい、13時55分のベルリン発の飛行機に乗らなければならないのです。

気温はちょうど摂氏0度。

イヤな予感はしていたのですが、見事的中。チェコからドイツに抜ける山道は、御覧のように真っ白な雪になってしまいました。

それはほとんど吹雪に近い状況。

スタッドレスタイヤのついてないレンタカーなので、ひやひやしながら時速40kmぐらいで運転します。

雪が深くなってしまい、いよいよ高速道路が閉鎖され、一般道に降りたものの、大渋滞になりました。

このままだと確実に飛行機に乗り遅れてしまう・・・どうしよう・・・。

もう真っ青です。

レンタカーをどこかで乗り捨てて、鉄道の特急を探そうかと思っていた時

僕の数台先に一台の除雪車が入り、路面が除雪されたのです。

これなら、なんとか間に合うか!?

峠を越えて、ドイツに入った時には雨に変わり、アウトバーンでは飛ばすことができたので飛行機の時間には間に合いました。

もうほっとしましたよ(笑)。

今回はスター・アライアンスグループですので、ベルリン空港からはスカンジナビアエアラインを選択しました。

デンマークのコペンハーゲン経由です。

途中、とてもきれいな空の写真が撮れました。

雲が二層に見えるのがわかりますか?

デンマークは晴れでしたが、飛行機にディレイがあったため、空港ではラウンジに行く時間もなかったです。

いよいよ帰国です。

10月7日から14日までの、わずか一週間ほどのドイツ・チェコ滞在だったのですが、EADV欧州皮膚科学会では有意義な発表も行うことができましたし、「音楽の旅」(笑)も満喫しましたし、素晴らしい体験ができました。

新国際学会周遊記、ドイツ・チェコ学会記はこれでおしまいです。

 


オペラ「トゥーランドット」

プラハの最終日。プッチーニが最後に作曲したオペラ。

「トゥーランドット」を観劇しました。

トゥーランドットはフィギュアスケートの荒川静香さんが、オリンピックで金メダルをとった時のフリーで使われたアリア「誰も寝てはならぬ」の印象が強いですよね。

このオペラの舞台は中国の北京です。伝説の時代の紫禁城にいた皇帝の娘トゥーランドット。氷の様な心を持った女性です。

彼女の美貌は世に知れ渡っていました。

王族の血を引く男達には彼女に求婚する権利があるのですが、結婚するためには彼女から出される三つの「謎」に答えなければなりません。

しかも、答えられないと結婚ができない、というだけでなく、なんと首を切られてしまうのです。

すでに何人もの王子達が紫禁城で命を落としています。

オペラはペルシャの王子が処刑される幕から始まります。

トゥーランドットの顔を見て、その美しさに一目惚れした主人公カラフ。かつてダッタン王であった父親ティムールや、その付き人で女奴隷のリューの猛反対を振り切る形で、求婚者として名乗りを上げます。

カラフが謎解きに挑戦するため、その合図である銅鑼を3回打ち鳴らし、第一幕で一度も声を出さなかったトゥーランドットが冷たい視線でそれを見守っているところで、第一幕は終了。幕間となります。

バーに向かいます。

シャンパンを一杯。

賑やかです。

そろそろ席に戻らなければなりません。

さて、オペラは二幕目です。

カラフは見事、三つの難題を解く事に彼は成功するのですが、事もあろうにトゥーランドットが

「身も知らぬ男の嫁になるのは嫌だ」

と言い出すのです・・・。

いやがる女性を嫁に迎えても意味が無い、とカラフがひとつの謎解きを提案します。

「夜明けまでに、現在伏せている自分の名前(カラフ)を答えてほしい。私の名前が分かったら、すすんで首を切られよう」というもの。

ここで二幕目が落ちます。

トゥーランドットは北京中に、「今夜は誰も寝てはならぬ。求婚者の名を解き明かすことができなかったら住民をみな死刑とする。」

と通達を出し、カラフの名前を知るものを町中から探し出そうとします。

密かにカラフに恋心を抱いていたリューは

カラフの名前を知るものは私しかいない

と名乗り出ます。

そして、トゥーランドットの目の前に立たされると、トゥーランドットの髪の櫛を引き抜き、その櫛でカラフのために自殺をしてしまうのです。

トゥーランドットは、ここで「愛」の本質を知ります。

リューの自己犠牲にもかかわらず、カラフはというと、夜明け前に嫌がるトゥーランドットにキスをして、

「私の名はカラフだ」

と自らの名前を語ってしまいます。

夜明けとともに、トゥーランドットは民衆の前で

「夜明け前に、この人物の名前が判明した。」

と言い出すのです。会場は緊張に包まれます。

しかしリューの献身的な愛を目の当たりにしたトゥーランドットの氷の様な心は解け、彼女はこう続けます。

「男の名前は“愛”である」

と。

カラフとトゥーランドットは結ばれることとなり、感動のまま幕が落ちます。

この中国を舞台にした「トゥーランドット」は、日本を舞台とした「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」とカルフォルニアを舞台とした「西部の女」と合わせて、プッチーニの“御当地三大オペラ”として知られています。

イタリアオペラのヴェルディの正式な後継者となったプッチーニは、このトゥーランドットを作曲する時に中国の曲をかなり勉強したらしく、随所に中国風の歌が挿入されています。

衣装も中国風。見た目も楽しかったですよ。

そうそう、実はこのトゥーランドットには荒川静香さん以外に、日本人にとってとてもなじみ深い関連があるのです。ご存知ですか?

それは「ピンポンパン」。

1966年から1982年にかけてフジテレビで放映された子供向けの番組。番組の最後、「おもちゃに行こう!」というシーンが子供の時に本当にうらやましかったっけ。

トゥーランドットには狂言回しとして、中国の三人の大臣が舞台に出てきます。

このスタンディングオベーションの写真で、中央から左に向かって三人がその大臣たち。

彼ら3人の名前がピン ポン パン Ping Pong Pang なのです。

国民的子供番組の名前の由来は、トゥーランドットにあったのですね。

素晴らしい夜が続きました。

明日の早朝に車でベルリンに向かい帰国します。

 


人形劇の街プラハ

さて、ドイツ・チェコ出張記を仕上げてしまいましょうね。

チェコのプラハは人形劇の街としても名前が売れています。

チェコ国立芸術アカデミーでは人形劇の学部も存在し、操り人形師を専門の職業にしている人も多いのだそうです。

街を歩くと、マリオネットを売るお店がたくさん。

「ドンジョバンニ」や「フィガロの結婚」などの劇場も多くありました。

 


昨日の僕 20091114

i-phoneの中にある、この画像わかりますか?

南仏~ロンドン出張記で、僕がスリラー・ライブを見に行ったことを読んでくださった方から何人も、

「現在公開中の映画・マイケル・ジャクソンの“THIS IS IT”が素晴らしかったから、絶対観た方がいい」

とメールを頂きました。

昨日、スタッフに聞いてみたら、既に見ている人が二人。どちらも大絶賛するではないですか。もう感動して涙なしには観ることができなかった、と言うのです。

ひとりは元レコード会社出身なのですが、六本木ヒルズで一度観た後、あまりに良かったので、後日新宿バルト9で観なおしたのだそうです。

「バルト9は音響が良いと聞いたので」

とのこと。

僕はこのバルト9というエンタテイメント・コンプレックスに行ったことがなかったのですが、聞けば場所は四谷のクリニックからすぐの新宿3丁目。駅からもすぐ、と聞いて、どうしてもそこでこの映画を観たくなってしまい、診療前に朝9時から行ってきました。

結論から言いましょう。

ほんとうに素晴らしかったです。まだ観てない方はぜひ観て下さい。

僕は2時間弱本当に我を忘れて惹きこまれてしまい、それは他のお客さんも同じだったようで、映画が終わる時には、自然と観客から拍手が湧き起こりました。

映像で見るマイケルは、これが最後の姿なのでしょう。

この映画は、マイケル・ジャクソンのドキュメンタリー。彼が亡くなる直前まで続けていたコンサートのリハーサルの様子が映画では映し出され、それを通してマイケルのプロフェッショナリズム、人柄を見ることが出来ます。

まず、驚くのは彼がやろうとしていたコンサート・ツアーの内容とその規模です。

僕は残念ながら、マイケル・ジャクソンのコンサートに行ったことはありません。見たことがあるのは「ライブ・イン・ブカレスト」などの古いライブDVDのみ。それでも、今回のライブが実現していたら、コンピュータグラフィックや、ハリウッドの特殊変装技術などの映像技術の向上も加わって、「2D」が「4D」になったと同じぐらい、次元の代わったすごいライブを企画していたことがわかります。

このブログを読んでくださっている方は御存知のように、僕の趣味の一つはオペラやバレエ鑑賞です。現代では「古典」とされていますが、オペラもバレエも初めて上演されたときは、きっとその時代の皆が驚く前衛的で最先端のエンターテイメントだったんだろうな、と思うのです。

文学、音楽、絵画、舞踊。四つの文化を融合させ、その時代で最も進んだ技術でもってアウトプットする。それが時代によってはオペラの形をとり、バレエの形をとり、ミュージカルの形をとる。

今世紀に入って映像の動画が記録できるようになりましたが、この映像技術を組み合わせたのが、マイケルの作り上げたエンターテイメントに代表されるライブであり、それは人類の作り上げた文化の延長線上にあるわけですよね。

人知を超えた世界を揺るがすような作品を数多く残し、さらに奇行の限りをつくし、若くして神に召されて亡くなってしまったマイケルは、モーツァルトになんだか重なるような気がしましたよ。

マイケルが失われてしまったことにより、彼の功績もクラシックになってしまうのだなぁ・・・と考えてしまいました。

そして、映画を通して改めて知ったマイケルのプロとしての姿勢、皆を楽しませることへのこだわり。エンターテイナーとして、ファンが喜び、日常生活を束の間忘れられるものを全力で作り上げる姿には、胸を打たれるものがありました。

 


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