プラハの中心である旧市街広場は、観光客でいっぱいでした。

こちらはティーン教会。1135年に建設された、2本の柱が特徴的な教会です。
この教会に入った時には讃美歌が流れていて、束の間の良い時間を過ごせました。

旧市庁舎には、大きな天文時計があり、これが毎正時になると、仕掛けが動き出すのです。
こちらもすごい人。

この広場には屋台も出ていて、盛況です。
旧市庁舎には展望台があり、プラハの街が一望できるので、登ってみました。


レンガ色の屋根に、素晴らしい眺望でした。
藤本幸弘オフィシャルブログ
プラハの中心である旧市街広場は、観光客でいっぱいでした。

こちらはティーン教会。1135年に建設された、2本の柱が特徴的な教会です。
この教会に入った時には讃美歌が流れていて、束の間の良い時間を過ごせました。

旧市庁舎には、大きな天文時計があり、これが毎正時になると、仕掛けが動き出すのです。
こちらもすごい人。

この広場には屋台も出ていて、盛況です。
旧市庁舎には展望台があり、プラハの街が一望できるので、登ってみました。


レンガ色の屋根に、素晴らしい眺望でした。

本屋にも行ってみました。
チェコ出身の芸術家でポピュラーなのは、画家のミュシャ、作曲家のスメタナ、ドヴォルジャークそして、作家のフランツ・カフカあたりでしょうか。
カフカの「変身」は、高校生の時に読みましたが、不思議な物語でしたよね。
本当はミュシャの画集を買おうと思ってきたのですが、残念ながら見つからず。
代わりに見つけたのがこれ。

誰の本だとおもいます?
チェコ語でしたのでよくわかりませんでしたが、
たぶん「スプートニクの恋人」
と書いてあるのです。
なんと、村上春樹のチェコ語の翻訳本でした。
うーん。すごい!

チェコの通貨は、「チェココルナ」と言います。
4ユーロが100チェココルナという感じで両替できました。

必要な額だけ両替したので、小額紙幣だけですが、物価は総じて安かったですね。
オペラは一夜7000円ぐらい。
あのグレードのオペラをこの価格で体験できるなんて、嬉しいですよね。
プラハは本当に美しい街です。

街の美しさを語る上で、欠かせないものが、スメタナの交響詩「我が祖国」で有名なモルダウ川。

そしてカレル橋の向こうにそびえたつプラハ城。

山の上にあるプラハ城には路面電車でアクセスできます。

お城につくと映画「アマデウス」そのものの景色が広がります。

衛兵の守る城は、観光客でいっぱいです。

この王宮の裏手にまわると聖ヴィート大聖堂が見えてきます。

プラハ城の建設が始まったのは9世紀半ばだそうで、現在の様式になったのは14世紀のカレル4世の治世のときだそう。

とても寒い中、凍えながら列に並んで待ちます。

このゴシック建築の大聖堂は、プラハの景色の中に、圧倒的な存在感をもたらしています。

大聖堂の中に入ると厳かな気持ちにさせられますが、何よりも素晴らしかったのは、この中にある19世紀末から20世紀初頭に造られたステンドグラスでした。

何枚か写真を撮ってきましたので、ごらんください。

色彩も豊かですよね。

ミュシャによってデザインされたものもありました。

ミュシャのやさしい女性のデザインが本当に素晴らしい。
息をのんでしばらく見つめてしまいました。

ステンドグラスになると、また趣が違うのですね。

そうそう、ステンドグラスの写真は、カメラの露出がとても難しいのです。
今回たくさんステンドグラスの写真を撮ったので、少し写真がうまくなりましたよ(笑)。

お城を出るときに写真を撮りました。
本当に寒い日だったのですが、晴れ晴れとした顔をしていますね。
この日プラハに向かったのは、プラハで二晩に渡って二つのオペラを予約していたからなのです。
初日はモーツァルトの「魔笛(マジック・フルート)」。
ドイツの知的階級は、
「子供に最初に見せたいオペラは、“魔笛”だ」
と言うのだそうです。

さて、夜の7時にプラハ国立劇場にやってきました。

プラハ国立劇場は、元々はドイツ人のために建てられた歌劇場で、1960年代から1970年代にかけて全面的に改修されたそうです
この場所では、モーツァルトの「ドン・ジョバン二」と「皇帝ティトの慈悲」という二つの名作が初演されています。

入口には魔笛のポスターがありました。

幕が上がるのを、わくわくしながら待ちます。
チェコ共和国には、国全体で人口が1000万人ぐらいしかいません。
東京都の人口よりも少ない国家、ということになりますが、その文化度は非常に高いことで知られています。
チェコの小学校では、午前中の授業が終わると、午後は絵画、楽器演奏、ダンスなどなど全員が何らかの芸術の講義を受けるのだそうです。
僕もそんな小学校に通いたかったなぁ(笑)。
芸術に関して素養を持ち、歴史や文化を理解した上で楽しむには、誰でもある程度の時間と教育が必要だと思うのですが、こういった作業を小学校のうちから行う事で、芸術を理解する人口を圧倒的に増やす。
芸術立国としてのチェコの国家政策は、すばらしいと思いました。

さて、こちらが舞台を撮った写真です。舞台の上に、字幕の出る画面があるの、わかりますか?
字幕は英語とチェコ語で出てきます。

オペラの所属団員たち。

モーツァルトの時代はオペラという概念がありませんでした。
この魔笛も、当時は「ジングシュピール(歌芝居)」という劇の一種。
映画「アマデウス」にも描かれているように、この魔笛は、数々のトラブルを巻き起こした作品でもありました。
このオペラは当時モーツァルトが所属していた“フリーメイソン”という友愛団体の形態をとる秘密結社の秘密を暴いてしまった、と言われています。
フリーメイソンの様々なシンボルや教義に基づく歌詞が設定に使われており、特に「3」という数字へのこだわりが随所に見られます。

王女の3人の侍女がでてきたり、3人のボーイソプラノの童子がでてきたり、同じフレーズが3回繰り返されたり。
3はフリーメイソンにとって特別な数字。
このフリーメイソンの秘密を暴いたためモーツァルトが毒殺されたと、いう意見があるぐらい。
(そうそう、「三人の童子」は本来なら男の子なのですが、今回のプラハ公演では女の子が演じていましたよ。とてもかわいらしかったので、こんな童子もいいなと思いました。)
ここで魔笛のストーリーを簡単におさらいしておきましょう。
舞台は、時代不詳のエジプト。狩り着を着た主人公の美青年タミーノが大蛇に教われ、絶体絶命の危機を、夜の女王の三人の侍女に救われます。
タミーノの美貌と勇気を知った夜の女王が、悪役のザラストロにさらわれた娘パミーナの救出を願います。この時に配下についたのが、夜の女王に遣える鳥刺しのパパゲーノ。
彼はこの舞台で道化の役目をします。

この時に身を守るものとして、タミーノには「魔法の笛」が、パパゲーノには「(魔法の)銀の鈴」が与えられました。
こちらが幕間に展示してあった「銀の鈴」です。
劇中、パパゲーノがこの鈴を鳴らすと、暴れている悪役達がおとなしくなってしまうのですが、子どもたちは大喜びでしたね。

こちらも幕間に見た楽譜
使い込んでいますね。

幕間にもオーケストラのスタッフは、練習を繰り返していました。
ホールには余韻にひたる人たちがたくさんいました。

さて、劇の説明に戻ります。
意気揚々パミーナを救いに行くタミーノとパパゲーノ。
しかしながら、悪魔であると考えられていたザラストロは、実はエジプトのイシス神とオリシ神を唱える、極めて多くの信者を持つ聖職者だったのです。
ザラストロに感服したタミーノとパパゲーノは、改心し、彼の指導のもと、修行の旅に出ます。
注意深く観ていないと分かりませんが、ここで悪役と善役が入れ代わるのです。
実は悪役であることが判明した「夜の女王」である母のところに戻ったパミーナは、宿敵のザラストロを殺さないと、親子の縁を切るとまで言われ、ナイフを渡されます。
この時のアリアは、本当に難易度が非常に高く、有名なものですので、誰もが一度は聞いているのではないでしょうか。
結局ザラストロの元で数々の試練に勝ち抜いたタミーノとパパゲーノは、ザラストロの庇護の元、パミーナとパパゲーナという伴侶を得て祝福され、幕が落ちるのです。

今回の魔笛に本当に感銘を受けて、帰国後に魔笛のDVDを10回以上も観ているのですが、観るたびに
ああ、こういう事だったのか
と発見がある、本当に深い意味を持つオペラなのですよ。
いまだに僕の車には魔笛のDVDがいつも常備してあります。
モーツァルトがこの魔笛を仕上げたのは1791年9月30日の事。
当時35歳だったモーツアルトは、そのわずか2ヶ月後の12月5日にウイーンにて永眠しました。
モーツァルトの死因には様々な説がありますよね。
宮廷音楽家サリエリの嫉妬説や、ちょうど魔笛の作曲中から体調を崩したことからフリーメイソンの秘密を明かしたことに対する復讐説。はたまた妻のコンスタンチンによる毒殺説などなど。
不世出の音楽家であったモーツアルトの遺体が、不思議なことに貧民のための共同墓地に埋葬され、遺体の特定ができなくなっています。検死が事実上不可能になっていることも、さまざまな憶測を呼んでいます。
永遠に謎の解けないミステリーとして語り継がれるのでしょうね。

この名作を、皆心から楽しんでいました。
最後に僕の持っているお勧めの魔笛のDVDをいくつかご紹介しますね。
記憶に残る良い夜でした。