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リムスキー・コルサコフの家博物館

歌劇「サトコ」や交響組曲「シェヘラザード」で有名な、サンクトペテルブルグ出身の音楽家リムスキー・コルサコフはもともと貴族出身の軍人で、音楽家としては裕福な暮らしをしていました。

ペテルブルグ音楽院の教壇に立ってからは多くの高弟を育てましたが、晩年の15年間を過ごしたこのアパートが、1971年から博物館として公開されています。

表通りから門を一つくぐったところに、落ち着いた雰囲気のアパートメントがありました。

広いアパートには、夜な夜な音楽家たちが集まり、歓談を楽しんだりミニ演奏会が開かれたりしたそうです。

デスクやソファ、壁の肖像画など、ひとつひとつ味わいがあります。

そして、見てください。このピアノ。スクリャービンやストラビンスキー。

そして僕の敬愛するラフマニノフなどが実際に弾いていたピアノなのだそうです。

思わず鍵盤や楽譜など、しばし見入ってしまいます。

この白鍵盤を見てください。多くの人に使用されて、それぞれの白鍵盤の真ん中がちょっと削れているのが見えますか?

僕があまりに熱心にこのピアノを見て、写真を撮ったりしているのを見て、博物館の女性が

「ちょっとなら弾いていいわよ」

と言ってくれました!

久しぶりのピアノ。ラフマニノフのピアノ協奏曲とかをさらっと弾けたらかっこいいのですが、さすがに弾けず、ちょっと考えてショパンの幻想即興曲を弾いてみました。

調律はきちんとはされていませんでしたが、あのラフマニノフが弾いていたピアノを弾くチャンスがあるなんて…。

しかも、長く弾かれたピアノにありがちな、鍵盤のざらつき感と、鍵盤の削れ感に、なんともいえない味わいがあります。

ラフマニノフは、高身長で手指が長く、躁鬱を伴うというマルファン症候群という病気を持っていたのではないかという説があり、僕もその説に賛成なのですが、その彼がこのピアノの前で大体躯をかがめて様々な曲を奏でていたのを想像してみると、感慨深いものがありますね。

しばらく興奮冷めやらぬ感じでした。

ロシアに来てほんとに良かった。


エカテリーナ宮殿と琥珀の間

ここ数年間ロシアの離宮ツアーの人気が沸騰しているのですが、その契機になったのが、サンクトペテルブルグ300周年にあたる2003年に修復されたエカテリーナ宮殿 「琥珀の間」の公開です。

僕がこのエカテリーナ宮殿に行った日は、ロシア滞在唯一の雨の日。

しかし、この青の塗装が鮮やかなロシアバロック様式は際立っています。

このエカテリーナ宮殿ツアー、特に夏の観光シーズンはあまりに人気で人数制限があるため、個人客が訪れても中に入れないこともあるそうです。

雨とはいえ、このように時間待ちの人で沢山です。

広々とした庭を通り、宮殿に向かいます。

宮殿の中は琥珀の間以外の部屋の写真撮影が許されていました。

ここはエカテリーナ宮殿の大広間。この金色に輝く部屋で、多くの歴史的な謁見が行われたそうです。

この宮殿の造りは、横一列に部屋が並ぶ仕組み。

この宮殿はエカテリーナの希望で、扉の高さが統一されていて、数多くの部屋が見えます。

そのくせ隣の部屋同士で天井の高さを変えたりして、建築家の遊び心も見えました。

この部屋の奥に見える赤い装飾は、この時代に珍しかったアルミの装飾。

隣の部屋にあった緑のアルミの装飾と対にな っています。

調度品もリチャードジノリやウェッジウッドなどの特注品ばかりでした。

そして、壁一面に琥珀が貼られている「琥珀の間」。

琥珀はご存じのように木の樹脂が地中に埋没して長い年月をかけて固化した宝石です。

ちょうどロシアの目の前にあるバルト海沿岸で世界の生産のほとんどが産出されるのだそうです。

琥珀の中には昆虫が混入したものもあり、映画「ジュラシックパ-ク」では、琥珀に封じ込められた蚊の中から恐竜の血液を採取して、その中のDNAから恐竜をよみがえらせています。

生物学的には実際にはほとんど可能性のない話ですが、ストーリー展開の発想は夢があって素晴らしいですよね。

ガイドによると、1770年女帝エリザヴェータの命により造られたものの、第二次世界大戦中にドイツ軍により宮殿が占領され、1944年に彼らが撤退する際に、この琥珀の間は分解され、ドイツに持ち去られてしまったのだそうです。

しかも、ケーニヒスベルグまでの足取りはとれているのですが、その後蒸発してしまったのです。この初代の琥珀の間の部品はいまだに発見されず、さまざまな憶測を呼んでいるのだそうです。

写真が撮れませんでしたので、僕はパンフレットを買ってきました。

ちなみにWikiの中に写真を見つけましたのでこれを転用させていただきます。

いわば、壁中を宝石で取り囲んだような部屋。

美しさに皆息をのんでいましたよ。

 


イサク聖堂での白夜

帝政ロシアのシンボルとして建てられたイサク聖堂にやってきました。

この大聖堂は、世界でもっとも大きな教会建設の一つといわれているそうです。

収容人数は1万4千人とのこと。

うーん。これはちょっと怪しい数字ですが、とにかく大きな施設でした。

 

この聖堂は1710年にこの地で木造教会が建てられたのですが、現状の形になったのは1858年のこと。

一見すると西洋の教会内部のような印象を受けますが、ロシア正教会なので、十字架は見えません。聖壁に多くのイコノスタスが掲げられています。

建物内に飾られている絵も素晴らしく、荘厳な雰囲気。

この中央の丸屋根の上に描かれているのは、カルル・ブリュロフ作の「聖母マリアの栄誉」といわれる絵。

これです。素晴らしいでしょう。

さらに「キリストの復活」と題されたステンドグラスも本当に見事です。

僕は聖堂の横から展望台に登りました。金色に輝く丸屋根の横に360度パノラマの展望台があるのです。

こんな階段をひたすら登ります。

さらにこんな中空の階段を進み、展望台に向かいます。

下が何もないので目がくらみましたよ。

そして展望台はこんな感じです。

サンクトペテルブルグには背の高い建物があまりなく、そのビューはすばらしかったです。

目の前の花壇が綺麗な公園も良く見えました。

さて、バレエが終わった後にここに来ましたので、もう夜の10時21分。あたりはまだまだ明るいです。

そうはいっても11時過ぎには数時間だけ日が沈みます。

心に残る光景でした。


光と音楽の関連性

先のブログで書いた、劇場で購入した英語版のパンフレットです。

今回、サンクトペテルブルグのマリインスキー劇場でバレエとオペラを二夜づつ楽しむことができましたが、ひとつ気づいたことがありました。

バレエやオペラは100年以上前に初演が行われ、それ以降多くの表現者が存在するわけですが、近年の表現と最も違うところのひとつは、レーザー光線や照明などの光の効果もあるのではないでしょうか。

イギリスのスワンにより白熱電球が発明されたのがそもそも1878年のこと。(エジソンは白熱電球を実用化した人です。)

つまり、初演当時はロウソクのシャンデリアの光の中で演奏・観劇がなされていたはずなのです。

現在のオペラやバレエの中では、照明やスポットライトなどの光の役割が格段と大きくなっていますよね。

例えば、オペラやバレエで悲しいシーンがある。

オーケストラの演奏は短調を中心とした悲しいフレーズになり、照明も青に近い寒色系の色になります。

恐怖のシーンになると不協和音が流れ、フラッシュ系の断続光が舞台を照らす。

幸せなシーンでは、赤やピンク、オレンジなどの暖色系の色が舞台を照らして明るい長調の曲が流れるのです。

面白いと思ったのは、特定の感情を表す「和音もしくはメロディ」と「光」が世界のどの文化圏から来た人に対しても、ほぼ共通していることです。

考えてみれば、音楽は

ドレミファソラシド

の7音階。

光は

紫藍青緑黄橙赤

=虹の7色。

人が瞬時に区分けできる「5」(指の数から来ています)という数字よりも少し多い「7」という数は、古来より「連続性」というものを想起させるものだったのではないでしょうか。

ただし、圧倒的に違う点もあります。音楽は楽譜という形で古今東西、ほぼ正確に表現を伝えることができますが、光や照明の当て方は全く別。その場の監督の手腕によるものなのでしょう。

先日DVDで観たワグナーも、舞台の上でレーザー光線をうまく使って演出していましたよ。

DVDなどの発達で視覚的な刺激が記録に残せるようになったことで、次世代の表現法も出てくるのでしょうね。

写真のパンフレットは、マリインスキー劇場に行った記念品として、自分用に買ったものですが、こちらはそのパンフレットが入っていた袋です。

マリインスキー劇場とロシア語で書いてあるのですが、読めないですよね(笑)。


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