ヒトの腸内には、数百~数千種類にも及ぶ多様な細菌が存在しており、その総数は100兆個に迫るとされています。
これらの腸内細菌(腸内微生物叢)は、ヒトの生体機能に深くかかわり、消化・吸収の補助やビタミン合成、免疫機能の調整など多岐にわたる役割を担っています。
近年の研究では、肥満や糖尿病といった代謝性疾患だけでなく、精神疾患や神経変性疾患、さらには個人の性格や食嗜好までもが腸内環境と関係する可能性が示唆されています。
以下では、腸内細菌に関する主要な知見を整理しながら、それらがヒトの健康や行動にどのように影響を及ぼすのかについて解説します。

代表的な腸内細菌の種類と役割を図に示しました。
1. 腸内細菌の基本的な役割
1-1. 消化・吸収補助
ヒトの小腸や大腸では、多くの食物繊維や一部の糖質が消化酵素によって分解されずに残り、腸内細菌によって発酵・代謝されます。短鎖脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸など)はその代表的な代謝産物であり、腸管上皮細胞のエネルギー源となるだけでなく、炎症の制御や免疫細胞の分化誘導にもかかわります (Round & Mazmanian, 2009, Nat Rev Immunol, 9:313–323)。
1-2. 免疫機能とのかかわり
腸内細菌は粘膜免疫系の成熟や調整に重要な役割を果たしていると考えられています。とくにT細胞の分化や調節性T細胞(Treg)の機能に影響を及ぼすことが報告されており、病原性微生物の侵入を防ぐほか、自己免疫疾患や慢性炎症性疾患の発症リスクを低減する可能性があります (Hooper et al., 2012, Science, 336:1268–1273)。
2. ディスバイオシス(腸内環境の乱れ)と疾患
2-1. 肥満・糖尿病などの代謝性疾患
腸内細菌叢のバランスが崩れると、エネルギー吸収効率の偏りが生じる場合があります。有名な研究として、肥満マウスの腸内細菌叢を無菌マウスに移植したところ、移植後のマウスが肥満傾向を示したという報告があり、腸内細菌が肥満やメタボリックシンドロームにかかわる可能性が示唆されました (Turnbaugh et al., 2006, Nature, 444:1027–1031)。
2-2. 炎症性腸疾患
潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患では、腸内細菌叢の構成変化や多様性の低下が観察されることが多く報告されています。適切な腸内環境が維持されないと、免疫応答が制御不能となり、持続的な炎症が惹起されると考えられています (Frank et al., 2007, PNAS, 104:13780–13785)。
2-3. 大腸がん
腸内細菌が産生する代謝産物の一部には、大腸上皮細胞に対し発がんプロモーターとして働くものも存在するとされています。一方で、酪酸などの短鎖脂肪酸は、がん細胞のアポトーシスを促進する可能性も指摘されています。したがって、腸内細菌叢のバランスが大腸がんの発症や進展を左右する要因になり得ると考えられています (Arthur et al., 2012, Science, 338:120–123)。
3. 腸内細菌と精神・神経機能
3-1. 腸脳相関(Gut-Brain Axis)
腸管と中枢神経系は、迷走神経をはじめとする神経回路網や免疫系・内分泌系を介して密接に連携しています。腸内細菌が産生する代謝物や神経伝達物質(セロトニン、GABA、ドーパミンなど)は、腸管から脳へ伝わり、情動や行動に影響を与えると考えられています (Mayer et al., 2015, J Clin Invest, 125:926–938)。
3-2. うつ病や不安障害との関連
腸内細菌と精神疾患との関係を調べた研究では、特定の細菌叢を保有する動物モデルに不安傾向や抑うつ様行動がみられるほか、プロバイオティクスの投与によって行動面が改善する事例も報告されています (Kelly et al., 2016, J Psychiatr Res, 82:109–118)。これらの研究から、腸内環境の改善がメンタルヘルスの向上につながる可能性が示唆されています。
3-3. 神経変性疾患
アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患でも、腸内環境の乱れや腸管バリア機能の低下が発症・進行に関与する可能性が示されています。特にパーキンソン病では、腸管神経叢における異常が比較的早期から観察されるとの報告があり、腸と脳を結ぶ経路の解明が進んでいます (Scheperjans et al., 2015, Movement Disorders, 30:350–358)。
4. 食嗜好・性格と腸内細菌
4-1. 食嗜好
腸内細菌は、自分たちに有利な栄養素をホスト(人間)に摂取させるよう働きかける可能性があるという仮説が提起されています。たとえば、糖質や脂質を好む食生活が長期化すると、特定の細菌群が優勢となり、それらの菌がさらに甘味や脂肪の摂取を好むシグナルを出すという正のフィードバックが生じるかもしれません (Sweeney & Morton, 2017, Trends Endocrinol Metab, 28:159–165)。
4-2. 性格・行動
腸内細菌の組成が社交性やストレス耐性といったパーソナリティ特性に関連するという報告も存在します。まだ因果関係を明確に示すには十分なデータが揃っていませんが、腸内環境が多様なほど外向性が高い、あるいは不安傾向が低いといった傾向が示唆されています (Johnson & Versalovic, 2012, Cell Host Microbe, 12:611–622)。
5. 腸内環境を整えるアプローチ
5-1. プロバイオティクスとプレバイオティクス
乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスを食品やサプリメントとして摂取する方法は、腸内細菌を直接補給する手段として広く利用されています。一方、オリゴ糖や食物繊維などのプレバイオティクスを摂取して、既存の有益菌の増殖を促す方法も重要です (Sanders et al., 2019, Gut Microbes, 10:1–13)。
5-2. 食生活と生活習慣
バランスの良い食事や適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理など、総合的なライフスタイル改善が腸内環境を整える上では不可欠です。とりわけ食事では、野菜や果物、全粒穀物、発酵食品などを適切に取り入れることが推奨されています (Sonnenburg & Sonnenburg, 2014, Cell, 159:1252–1262)。
5-3. 個別化医療の可能性
腸内細菌叢は個人差が非常に大きいため、ある人に有効なプロバイオティクスや生活習慣が別の人には効果を示さないこともあります。将来的には、遺伝的背景や腸内細菌組成の詳細な解析に基づく「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」が普及することが期待されています (Zhu et al., 2015, Hepatology, 61:226–237)。
おわりに
腸内細菌の研究は、消化器学や免疫学だけでなく、神経科学や精神医学、さらには栄養学や行動医学にまで広がり、学際的なアプローチが求められる分野となっています。これまで「腸は第2の脳」と呼ばれることがありましたが、近年はその言葉が単なる比喩ではなく、科学的な裏付けに基づく見解として再評価されつつあります。今後、腸内細菌に関する知見がさらに蓄積されることで、生活習慣病や精神疾患などの新たな治療・予防法の開発や、個々人に合わせた栄養指導などが進展することが期待されています。
腸内細菌と健康との関連についてまとめると
短鎖脂肪酸の産生 → 炎症性腸疾患、肥満、2型糖尿病
免疫系の調節 → アレルギー、自己免疫疾患
病原菌の排除 → 感染症、腸炎
神経系への影響(腸-脳軸)→ うつ病、不安障害、自閉スペクトラム症
という感じですかね。
参考文献
Turnbaugh PJ, Ley RE, Hamady M, et al. An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest. Nature. 2006;444:1027–1031.
Round JL, Mazmanian SK. The gut microbiota shapes intestinal immune responses during health and disease. Nat Rev Immunol. 2009;9:313–323.
Hooper LV, Littman DR, Macpherson AJ. Interactions between the microbiota and the immune system. Science. 2012;336:1268–1273.
Mayer EA, Tillisch K, Gupta A. Gut/brain axis and the microbiota. J Clin Invest. 2015;125(3):926–938.
Kelly JR, Borre Y, O’ Brien C, et al. Transferring the blues: Depression-associated gut microbiota induces neurobehavioural changes in the rat. J Psychiatr Res. 2016;82:109–118.
Sweeney TE, Morton JM. The human gut microbiome: a review of the effect of food on bipartite interactions. Trends Endocrinol Metab. 2017;28(3):159–165.
Sanders ME, Merenstein DJ, Reid G, et al. Probiotics and prebiotics in intestinal health and disease: from biology to the clinic. Gut Microbes. 2019;10(2):1–13.
Sonnenburg ED, Sonnenburg JL. Starving our microbial self: the deleterious consequences of a diet deficient in fiber. Cell. 2014;159(6):1252–1262.