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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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マリオカート

レインボーブリッジを渡るマリオカート。

運転者は外国人ばかり。

日本の免許持ってるのか?


幹細胞について

先週の金曜日から日曜日まで、パシフィコ横浜にて、第24回日本再生医療学会総会が開催されていました。この分野はとても進化が早く、定期的に知識をアップデートしています。

幹細胞治療について耳にすること多くなったと思いますが、幹細胞と言われる細胞には3種類があるのをご存じですか?

ES細胞(胚性幹細胞)

体性幹細胞(成人幹細胞)

iPS細胞(人工多能性幹細胞)

の違いと、それぞれの利点・限界についてまとめておきたいと思います。また、日本の幹細胞治療に対する基準は緩すぎるとThe Lancetのような著名な医学雑誌からも指摘がありますので、後半でその件に対しても触れようと思います。

それぞれの幹細胞は、まさに「生物の多能性・可塑性とは何か」という問いへの異なるアプローチを象徴しうると言えます。

1)ES細胞(Embryonic Stem Cell:胚性幹細胞)

概要:
ES細胞は受精卵が分裂してできる胚(胚盤胞)の内部細胞塊(inner cell mass)から採取される幹細胞で、「全ての体細胞に分化できる能力=多能性(pluripotency)」を持ちます。

利点:
分化能が極めて高く、あらゆる組織細胞に成り得る
増殖能力が極めて強い(無限増殖能)
再生医療や創薬スクリーニングへの応用が期待されている

限界・課題:

倫理的問題:ヒトの受精卵を壊す必要があるため、倫理的な議論を避けて通れない(Nature Reviews Genetics, 2002; 3(11): 829-837)

免疫拒絶:他人由来のES細胞では拒絶反応のリスクがある

腫瘍化のリスク:未分化のES細胞はテラトーマ(奇形腫)を形成しやすい(Cell Stem Cell, 2007; 1(1): 55-70)

2) 体性幹細胞(Somatic Stem Cell:成人幹細胞)

概要:
成体の体内(骨髄、皮膚、脂肪、臍帯など)に存在する幹細胞で、特定の組織において限られた種類の細胞に分化可能です。例として、造血幹細胞、神経幹細胞、間葉系幹細胞などがあります。

利点:
倫理的に受け入れられやすい(成人や自分自身から採取可能)

免疫拒絶が少ない:自己由来であれば拒絶の心配がない
一部の体性幹細胞(例:間葉系幹細胞)は免疫調整機能を持つ

限界・課題:
分化の幅が狭く、多能性はない(つまり脂肪由来なら脂肪にしかならない)

増殖能力が限定的:長期間の培養により老化や分化能の低下が起きやすい(Stem Cells, 2006; 24(3): 482–492)
各組織ごとに採取や維持に課題あり

3) iPS細胞(induced Pluripotent Stem Cell:人工多能性幹細胞)

概要:
山中伸弥博士らにより開発された細胞で、皮膚や血液などの体細胞に4つの因子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Mycなど)を導入して、ES細胞のような多能性を持たせた細胞です(Cell, 2006; 126(4): 663–676)

利点:
倫理的問題が少ない(受精卵を使わない)
自分自身の細胞から作成できるため、免疫拒絶のリスクが低い
ES細胞に匹敵する多能性を有する

限界・課題:

腫瘍化リスク:初期には癌遺伝子c-Mycが使われており、腫瘍化の懸念があった(現在は非腫瘍性の方法も開発中)
作製効率・コスト:再現性や生産の安定性に課題が残る(Nature Biotechnology, 2009; 27(1): 91–97)

細胞の記憶:元の細胞の“記憶”を保持してしまうため、完全な初期化が困難な場合がある

これらの細胞種​の実用化段階として、 代表的応用を記載しますね。

1)ES細胞 一部臨床試験中 網膜疾患、神経変性 比較・標準化研究が進行中

2)体性幹細胞 実用化済 白血病、関節症 承認製品多数、実臨床で使用中

3)iPS細胞 臨床研究段階〜初期応用 AMD, PD, SCI 世界的リーダー、日本が最先端

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各国の動向

◆ 日本:条件付き早期承認が可能な「世界一柔軟な制度」?
日本では2014年に施行された「再生医療等の安全性確保法」と「改正薬機法(再生医療等製品の新設)」によって、幹細胞を含む再生医療の臨床応用に独自のルートが設けられました。

● 特徴
「条件付き・期限付き承認制度」:P2相相当のデータで早期承認が可能
研究計画は国の認定を受けた「認定再生医療等委員会」の審査を経て届け出るだけで臨床提供可能(自由診療含む)
例:JCRファーマの「テムセルHS Inj.」やテルモの「ハートシート」など、P2レベルで実用化済
(Nature Biotechnology, 2015; 33(9): 890–891)

● メリットと批判
迅速な臨床導入、産業化を後押し
科学的エビデンスが不十分なまま市場流通に至る懸念
→ これが「日本は緩い」と評される主因です。
(The Lancet, 2019; 394(10195): 1593–1594)

◆ アメリカ(FDA):臨床応用は極めて慎重、科学的厳格さが最優先
アメリカは幹細胞治療を「生物製剤(biologics)」としてFDAの規制対象としています。

● 特徴
原則としてIND(治験許可)とBLA(Biologics License Application)を経る必要あり
iPSやES細胞を用いた細胞医療製品は、GMP製造、非臨床試験、安全性・有効性の詳細なデータが不可欠

● 実情
幹細胞を用いた商業的製品の承認は非常に少ない(例えば、2016年FDA承認の「Holoclar」などは欧州開発)
一方、自由診療クリニックによる未承認幹細胞治療が社会問題化(2019年に複数摘発)
(JAMA, 2019; 321(24): 2405–2406)

◆ 欧州(EMA):倫理性・安全性・国ごとの文化的規範の三重構造
EUでは、幹細胞を含む再生医療は「ATMP(Advanced Therapy Medicinal Products)」として厳格な審査対象になります。

● 特徴
EMAの中央審査に加え、各国の倫理審査が強く介入(特にES細胞研究では顕著)
製造過程・非臨床データ・長期追跡など厳しい要件あり

● 国ごとの違い
ドイツ:ES/iPS細胞研究に非常に慎重(Stem Cell Reports, 2016; 6(6): 897–905)
フランス・イタリア:宗教的背景からヒト胚研究に消極的
一方、イギリス(ケンブリッジ、ロンドン大など)は進歩的な体制を整備し、積極的に臨床試験を進行中

◆ 中国:国家主導でスピード重視、一方で透明性の懸念
中国は国家政策として幹細胞を「次世代戦略産業」と位置づけ、研究・臨床を強力に推進しています。

● 特徴
幹細胞バンク・国家幹細胞研究センターを整備
幹細胞治療に関する臨床研究管理条例(2020年施行)により、公的登録制度が導入されたが…
自由診療の実態や製品の質に対する国際的な懸念は根強い
(Nature Biotechnology, 2020; 38(5): 525–527)

◆ 韓国:一時は先行、現在は慎重な方向へ
かつて2000年代初頭に黄禹錫(ファン・ウソク)博士の幹細胞捏造事件が国際的な衝撃をもたらしました。

● 現在の特徴
幹細胞を用いた臨床応用は、食品医薬品安全処(MFDS)による厳格な審査が必要
「成人幹細胞」中心に進められ、iPS/ES細胞への展開は比較的慎重

いずれにしても、注目される一つの分野であることには変わりなく、世界で発表される論文を読みながら知識をアップデートしてゆきたいと思います。


勉強法についての新刊

昨日は新たな本についての打ち合わせでした。勉強法についてです。6月末ごろ発売ですので、乞うご期待。

僕は自分なりに多彩な分野の勉強をしてきましたが、

【思考法・勉強法の習得ステップ 〜脳内に「知の本棚」をつくる〜】

という事が最も大切な工程なのではないかと思います。

生成AIに「記憶でなく構造で学ぶ」勉強のイメージを視覚化してもらいました。

脳の中が知の図書館のように描かれ、各棚には「論理」「解剖学」「データ分析」などの知識が光る書物として整理されています。知識が分野横断的に繋がるような光の糸も描かれています。本当に便利な世の中になりましたね。

STEP 1. 目的を決めて「本棚のテーマ」を設定する(Why)

勉強や思考を始めるとき、まず脳内に「どんな本棚を作るのか」を決めます。
つまり「何のためにこの知識を集めたいのか」というテーマ=目的を明確にすることです。

例:「レーザー医療の最先端を探る棚」「古代と現代をつなぐ神話の棚」
テーマが明確でない本棚には、本が散乱し、知識は定着しません。

STEP 2. 良書=良質な情報を集めてくる(What)

テーマに沿って、自分の本棚に置くべき「本=知識」を選びます。
教科書、論文、体験談、現場での観察――信頼できる情報源から集めましょう。

推奨:マインドマップや索引メモで、本の「背表紙」を一覧化すると整理しやすくなります。

STEP 3. 問いを立てて「書き込み欄」を増やす(How)

本棚に本を並べただけでは不十分。本に書き込みをしながら読むように、
「なぜ?」「どう使える?」と問いを立てて、知識を自分ごとに変換していきます。

例:Feynman Technique(他人に教える)=本棚から一冊取り出して、読まずに要点だけ語る練習

STEP 4. 知識同士を「ジャンル別」に整理する(Think)

知識が集まってきたら、本棚の中を分類していきます。
論理構造・因果関係・比較分類などを使って、本と本を並べ替える作業です。

例:「解剖学」と「エネルギー機器療法」の棚に共通点を見出し、境界に新しい引き出しを作る

STEP 5. 複数の棚をつなげて「知の図書館」を築く(Link)

ジャンルを超えて、棚と棚をリンクさせていきましょう。
複数の分野の知識が交差したとき、オリジナルの視点が生まれます。

例:「音楽心理学」と「神経可塑性」をつなぐ棚
「レーザー医学」と「仏教的身体観」をつなぐ棚

STEP 6. 本棚から本を出し、語り、使い、また戻す(Action)

知識は並べて満足するものではありません。実際に使ってこそ本棚は生きてきます。
人に話す、文章を書く、行動に移す――それが知識を「血肉化」する最後のプロセスです。

補足:脳内の本棚は、感情と結びつけると強くなる
• 本を読んで「面白い!」「驚いた!」と思ったとき
• 誰かと議論して「わかった!」と感じたとき
• 実際に行動して「使えた!」と実感したとき

そうするとその本は、脳内の本棚に“栞”が挟まれた状態で収まります。

そしていつでも、すぐに取り出せる「生きた知識」として記憶されるのです。


なぜ博士号を目指してきたのか

僕はこれまでに四つの博士号を取得してきましたが、いわゆる“学位コレクター”でも、“勉強オタク”でもありません。むしろ、昔からドリルとか書き取りとか、記憶偏重の試験は大の苦手でした。

ある医師から「博士号なんて、足についた米粒みたいなものだ。取っても食えない、でも取らないと気持ち悪い」と揶揄されたこともあります。研究と金儲けとはそもそもベクトルが違うと考えています。

では、なぜ新たな分野を学び、博士号を目指してきたのか?

理由の一つは、僕の専門であるレーザー医療が、既存の教科書も体系も存在しない「未踏の分野」であったことにあります。エビデンスを積み重ねるには、医学だけでなく、工学や薬科学といった周辺領域に自ら踏み込み、必要に迫られて“学びに行く”しかありませんでした。

そしてもう一つ。

人間の脳には、ある程度のストレスや負荷を与えることが、発達と可塑性を促す刺激になります。それを乗り越えた時に得られる「達成感」や「理解の深まり」は、脳の報酬系を活性化し、さらなる成長を生みます。

博士課程の学びとは、まさにその連続です。

未知の領域に一歩踏み出し、言語を覚え、構造を理解し、自分の言葉で語れるようになるまで――その過程そのものが、知性と人間性を磨く旅路なのです。

博士号を取得するということは、単に知識を積み上げたというだけでなく、その分野特有の言語、論理構造、方法論を理解し、それを使って他者と専門的な対話ができるという状態に到達したことの証です。

言い換えれば、博士号はその分野の「交通ルール」を熟知し、車(=知識や技術)を自在に操れることを示す、「運転免許証」のようなものです。

【学部・修士=教習所(勉強)/博士=免許証取得(研究)】

学部・修士課程は、いわば「教習所」に通っている段階です。基礎知識や技術(車の動かし方)を習得し、道路の基本ルール(方法論・先行研究・倫理)を学びます。

博士課程では、実際に自分でルートを計画し、未知の交差点(研究課題)に挑み、事故なく他者と交差できる能力が求められます。

【博士号=公道に出ていいという社会的合意】

博士号を取得した人は、その分野で他者と「専門家同士の文脈」で話ができる人間と見なされます。

たとえば、物理の博士は、国際会議や論文誌において「この人の話す物理語は通じる」と認識され、社会的な“交通”の中に参加できるわけです。

つまり博士号とは、「公道(学術・応用・実社会)で安全に走っていいですよ」という社会的合意のサインでもあります。

【さらに先にあるのは「教官」「レーサー」「設計者」】

博士号取得者=免許を持ったドライバーにすぎません。重要なのは、そこからどう走るか。

自分の研究領域で新しいルート(理論や応用)を切り開く者は、いわば「未知の地図を描く探検家」。

学生や後進を育てる役割に回れば、それは「教官」。

応用研究や製品開発を通じて社会実装を進める人は、「設計士」や「インフラ整備者」にもたとえられます。

【分野横断の博士号は「マルチ免許」】

さらに複数分野にまたがる博士号を持つ人(例:医学・工学・薬科学・経営管理学など)は、異なる交通システムをまたいで走れるドライバーです。

たとえば、高速道路(理論分野)と山道(臨床現場)をスムーズに切り替え、橋をかけるような役割も果たせる。こうした「マルチドライバー」は、現代社会の複雑な課題解決に欠かせません。

博士号とは、「その分野の地形と交通ルールを理解し、他者と安全にすれ違い、遠くまで自走できる能力」の証明です。

そしてその先に広がるのは、「知の地図を描く」「異分野をつなぐ」「後進を導く」といった、さらに自由で創造的な“運転”の世界です。

日本は博士号を取る人が世界的にも少ないと言われています。偏差値教育による大学の学歴が過大評価されてきたのもあると思います。ですが、所詮学士は記憶力勝負で、スマホがあれば対応できてしまうもの。

世界の先進国は、社会人になってから修士号や博士号を取得して思考力を高めている人がたくさんいます。日本の地位向上のためにも、日本人の知力を上げてゆきたいですね。


ヒーローが現場を壊すとき──理想の影と現実の歪み

ヒーローが現場を壊すとき──理想の影と現実の歪み

話題作となっているTBSドラマの御上先生の最終回を観ました。

文部科学省官僚が、実際の教育を変えるために、進学校に派遣され、「君たちはどう考える?」と、記憶ではなく、考える教育を実践して、生徒を変えてゆくという、毎週惹きつけられるストーリーでした。特に、官僚の塚田幸村役の及川光博さん、学園理事長の古代真秀(こだい まさひで)役の北村一輝さんは、二人とも僕と同じ年で、どちらも好きな役者さんなので、どちらの役にも感情移入してしてしまいました。

僕たちはいつの時代も、カリスマ的なヒーローに胸をときめかせてきました。医療の世界にはブラック・ジャックが、教育の世界には金八先生がいます。時代が変わっても、その構図は同じです。手術室では「私、失敗しないので」と言い切るドクターXが scalpel を握り、教室では「人という字は…」と板書する金八先生が涙ながらに生徒と向き合います。

彼らの姿はあまりにも鮮烈で、理想的で、そして人間味にあふれています。視聴者や読者の心をつかむのも当然です。そして実際に、これらの作品に影響を受けて医師や教師を志した人も少なくありません。かくいう僕も、ブラック・ジャックの圧倒的な孤高の技術と正義感に、少年時代心を奪われたひとりです。

しかしながら、現実の医療・教育の現場に身を置くようになると、これら“ヒーロー像”がときに過度な幻想として組織を歪め、現場の人間を苦しめる構造を生んでいることに気づかされます。

たとえば、ブラック・ジャックは、医療のすべてを一人で完結させる無免許の天才医師です。ドクターXの大門未知子も、組織に属さず、自らカルテも書かず、チーム医療をも超越するかのような存在として描かれています。彼女の決め台詞「私、失敗しないので」は、まさに個の力がすべてを凌駕するという象徴です。

しかし、現実の医療はそのような構造では動いていません。どんなに優秀な外科医であっても、麻酔科医、看護師、臨床工学技士、薬剤師など多職種のサポートなくして安全な医療は成立しません。また、術後の管理や患者・家族への説明もチームの連携が不可欠です。

それでもなお、患者さんや家族の中には「〇〇先生でなければ不安です」と、個人に過度な信頼や依存を寄せる方も少なくありません。それはメディアが作り出した“名医神話”の影響とも言えるでしょう。こうした状況は医師の過重労働や休暇取得の困難、若手医師の成長の妨げにもつながり、結果的に医療の質の低下を招いてしまいます。

一方、教育の現場でも似たような構図が見られます。かつて「熱中時代」や「3年B組金八先生」に登場した熱血教師たちは、生徒ひとり一人の悩みに向き合い、時には家庭訪問もし、感情をぶつけながらも心をつなぎ直していく姿が描かれていました。まるで教師が“人生の導き手”であり、“家族以上の存在”のように描かれていたのです。

このような教師像も、多くの人に感動を与え、教育の理想像として記憶されています。ですが、現実の教員は学級経営だけでなく、保護者対応、校務分掌、部活動指導など多岐にわたる業務に追われています。かつてのドラマのように、放課後に教室で語り合い、涙を流す時間など、実際にはとても取れないというのが実情です。

それでも、「生徒のために身を削るのが教師の本懐」という空気が今なお残っており、それが教員の“自己犠牲”を美化してしまう傾向すらあります。その結果、多くの教員が過労や精神的ストレスに苦しみ、燃え尽きてしまう「バーンアウト」へとつながっているのです。

ここで改めて考えたいのは、ブラック・ジャックやドクターX、金八先生たちのような“ヒーロー”は、本当に現場に必要なのかという問いです。

もちろん、彼らのように、強い信念をもって生徒や患者に向き合う姿勢は、今の時代でも重要でしょう。ですが、それを一人の力でやろうとすることは、現実には非常に危険で、持続可能性に欠けます。教育も医療も、本来はチームで支え合うものです。組織全体で情報を共有し、役割を分担し、互いに助け合いながら子どもや患者を支援していくことが、最も健全で効率的なのです。

理想は大切です。しかし、理想を現場に無理やり持ち込もうとすれば、それは理想ではなく幻想となります。そして、その幻想が現場を疲弊させるのです。

僕たちは今、ヒーローを目指すよりも、プロフェッショナルな「協働者」であることを目指すべき時代に生きています。誰か一人の天才が輝くのではなく、それぞれが役割を果たし、連携し合うことでこそ、命や未来を守ることができるのです。

ブラック・ジャックの孤高の美学も、大門未知子の信念も、金八先生の情熱も、それぞれに価値があります。ただし、それらは物語の中でこそ輝くべきもの。現実の医療や教育には、もっと複雑で、もっと人間的なプロセスが必要なのだと思います。


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