館山カントリーの楽しみは、やはりこのビューですね。



12月中旬に骨折で3か月ゴルフをしませんでしたが、運動量が低下して、体の動きが悪くなりました。
健康のためにゴルフという考えは、50代以上にとっては大切なのかもしれませんね。
藤本幸弘オフィシャルブログ
館山カントリーの楽しみは、やはりこのビューですね。



12月中旬に骨折で3か月ゴルフをしませんでしたが、運動量が低下して、体の動きが悪くなりました。
健康のためにゴルフという考えは、50代以上にとっては大切なのかもしれませんね。
甲子園。
神奈川出身なので気になります。

横浜一点差。8回裏フルベースフルカウントから討ち取りました。
残るは後9回の表裏。
おお!さらにデカくなった。

というわけで刈り取って食べてみました。美味い!

思えば、戦後の日本では、学校教育の中で神話を歴史として教えることをやめてしまいました。
その背景には、日本の歴史的事実と神話を明確に区別しようとする動きがありました。特に戦後の民主化とアメリカ主導の教育改革の中で、「科学的・実証的な歴史教育」が重視され、古事記や日本書紀といった神話的文献は、主に「文学」や「宗教」の領域に追いやられていったのです。
その根拠としてよく挙げられるのが、日本において文字(=漢字)が導入されたのは5〜6世紀以降であり、それ以前に成立していた歴史は「文字による記録」が存在しないため、信頼できる実証史料とみなされなかったという点です。たしかに、古事記(712年)や日本書紀(720年)が成立したのは8世紀であり、それ以前の時代、すなわち神代(かみよ)と呼ばれる時代は「伝承」でしかないという見方が定着しました。
しかし、近年の考古学的発見や自然科学の進展により、従来の「文字のない=未開である」という前提が見直されつつあります。とりわけ注目されるのが、日本列島における旧石器時代から縄文時代への変遷です。

最新の研究では、日本列島における「打製石器から磨製石器への技術革新」は、約3万年前にはすでに始まっていたことが分かっています。これは世界的に見ても極めて早いタイミングであり、日本の旧石器文化が独自の進化を遂げていたことを示唆します。さらに縄文時代(約1万4千年前〜紀元前300年ごろ)には、定住・土器・漆器・装飾品・祭祀跡・土偶など、高度な精神文化と技術力を示す遺物が数多く出土しています。
これらは「文明」と呼ぶにふさわしい水準であったことは、もはや疑う余地がありません。
特に注目すべきは、言語と記憶の継承の仕組みです。文字がない社会であっても、神話や口承伝承によって、世代を超えた知識と歴史が伝えられていたという事実です。アイヌやオーストラリア先住民アボリジニな
どの例を見ても、非文字文化における記憶の制度化は世界的に見ても重要なテーマであり、日本の神話もまた、文字以前の文化的記録として再評価されるべきものです。
神武天皇の東征や天孫降臨の物語、国生み神話に描かれた地名や自然観は、単なる物語ではなく、古代人の世界認識と土地との関係性を表す知的遺産でもあります。科学と伝承は対立するものではなく、互いに照らし合うことで、より豊かな歴史像が浮かび上がってくるのではないでしょうか。
これからの歴史教育は、実証主義一辺倒ではなく、神話や伝承の中にある「もうひとつの真実」にも耳を傾けていくべき時代に入っているのかもしれません。
昨日は館山カントリークラブにて、骨折後2度目のゴルフラウンド。気の置けない友人に誘われて、スタート前に近くの安房神社を訪れました。





この神社の創建は、なんと神武天皇元年(紀元前660年)。阿波の忌部(いんべ)氏を率いた天富命(あめのとみのみこと)が、房総の地に渡り国土を開拓するにあたり、自身の祖先である天太玉命(あめのふとだまのみこと)を祀るために建立したと伝えられています。当然ながら千葉県最古の神社です。
ふと思えば、「あわ」と読む地名は日本にいくつも存在します。徳島県の旧国名「阿波国」、千葉県南部の「安房国」、そして淡路島。それぞれ音は同じでも、その成り立ちと背景には奥深い歴史と文化的つながりがあります。
まず「阿波国」は、かつて「粟国(あわのくに)」とも書かれ、粟や雑穀の栽培が盛んだった土地。吉野川流域の焼畑文化がそれを支えました。和銅6年(713年)、「好字令」によって縁起の良い漢字へと改名され、「阿波」の名が定着しました。この流れで、東の「安房国」には別の字が当てられたとも言われています。
「淡路島」は、本州と四国をつなぐ海上交通の要衝であり、その名は「阿波への路(みち)」を意味する「阿波路島」に由来するというのが通説です。
また、淡路島には神話的な由来もあります。『古事記』に記される「国生み神話」では、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)が天沼矛で海をかき回し、最初に生まれた島こそが「淡路之穂之狭別島(あわじのほのさわけのしま)」=淡路島とされます。
さらに「あわ」という音は、粟(実り)や泡(儚さ)といった多義的な意味を持ちます。徳島の「阿波踊り」や沖縄の「泡盛」など、文化の中にもその響きが色濃く残されています。
こうして見ていくと、「あわ」という一音には、日本列島を貫く神話、農耕、航海、そして人の移動と文化の継承が見事に重なっているのです。
興味深いですね。