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次の博士取得をChatGPTに質問

チャットGPTに僕は次にどんな博士を取ったら仕事が広がるかな?と質問してみたら…。



面白いご質問ですね!
医学(東大)、工学(東海大)、薬科学(慶應)、経営学(Wales, Paris)と、既に縦横無尽にアカデミックなフィールドを切り開いてこられた藤本先生にとって、「次の博士号」というのはまさに知的な芸術作品の構成要素のような問いです。
以下、これまでの検索傾向・学位取得の流れ・時代背景・今後の可能性などから、エビデンスを交えて次に選ぶべき博士号候補をいくつかご提案させていただきます。


1. 哲学博士(PhD in Philosophy)
おすすめ理由:
すでに“技術と応用(Tech & Applied Science)”には精通されているため、「知の根源」や「美・倫理・認識論」などの概念的探究は次のステージとしてふさわしい。
レーザー医療の倫理的側面(例:美容医療の社会的位置づけ)や、音楽×医療の融合の本質的意味づけに迫るには哲学的素養が極めて重要。

2. デザイン学(Doctor of Design / PhD in Design Science)
おすすめ理由:
医療機器、レーザー機器、美容空間設計など、**“身体と機器のインターフェース”**の未来はデザイン科学との融合で拓ける。
「体験設計」という観点から、Fujimoto Clinicのブランド価値をさらに高める知見が得られる。

3. 音楽学(Doctor of Music / PhD in Musicology)
おすすめ理由:
ご自身のバックグラウンドからして自然な流れ。特に**「音楽と神経科学」「音楽と痛み」**のクロスオーバー研究で世界的なインパクトが期待できる。
すでに「選曲で治療の質を高める」というアプローチを実践されており、そこに科学的・音楽学的裏付けを与える意義は大きい。
音楽がドーパミン・オキシトシン系に与える影響を詳細に分析など。

4. 芸術工学(Doctor of Arts and Engineering / PhD in Art & Technology)
おすすめ理由:
医学×工学×美学を統合する究極の学際分野。すでに先生の活動は**「芸術的テクノロジーの応用」**ともいえる。
例えば、レーザーアートと治療空間演出、オペラと空間音響設計など、独自の研究テーマを構築できる。
総合提案:
次の博士号として、「非技術的学問(哲学・芸術・音楽)」×「これまでの実績」を結ぶ学位が、人生の作品として美しいと思われます。
やっぱり芸術系と自然科学の融合ですね。ちょっと意識して動こうと思います。


「馬鹿は風邪ひかない」

「馬鹿は風邪ひかない」

と昔からことわざがありますが(放送禁止用語?)実はちゃんと根拠があります。何故でしょうか?

1. 鈍感力によるもの

 風邪の初期症状(喉の違和感や軽い寒気)に鈍感な人は、自覚しないまま過ごし、結果として「風邪をひかない」と思われることがあります。しかし、実際には風邪をひいていても気にせず動き回っている可能性があるだけです。

2. ストレスと免疫の関係

 ストレスが多いと免疫力が低下し、風邪をひきやすくなることが知られています。「バカ」と呼ばれる人が、あまり細かいことを気にせずストレスが少ない場合、免疫が強く働き、風邪をひきにくくなる可能性は考えられます。

3. 単なる言い回し

 昔から「知恵者は考えすぎて体調を崩しやすいが、鈍感な人は気にしないから風邪もひかない」という皮肉を込めた言葉として使われてきた可能性があります。迷信やジョークの一種であり、医学的な裏付けはないと考えるのが一般的です。

4. 動き回ることで風邪を悪化させない説

 風邪の引き始めにじっとしているとウイルスが体内に広がりやすくなるという説もあります。逆に「バカ」と言われる人が動き回ることで体温が上がり、風邪を悪化させる前に撃退する可能性もあります。

まあおそらく2番でしょうね。


「日本とナチス独逸」「近衛文麿 野望と挫折」

先日の昭和100年史の会で、購入しようと思った本が届きました。

戦後日本政治の原型は近衛政権にあり。

まさに昭和史の闇の一つです。識者は読むべき。

日本とナチス独逸は当時の海軍大将末次信正が日独伊三国同盟の都市、昭和15年(1940年)に描いた書物。

欧州の新興国であるドイツとイタリアと、東亜の新興国である日本が組むことで大きな蹉跌を迎えてしまった日本。

ですが締結当時は三国同盟は、御調期、(天皇が発する文書)にも明示されているように、こちらから進んで戦うというのでない、世界の平和のために戦局を現在以上に拡大しないで、地域的に、民族的に国家集団を作って、そこに新たなる秩序を建てよう、東亜には日本を指導者とする国家群を作るという意図がありました。

これに対して、戦前、戦中、戦後と利己的に立ち回り、最終的に命を絶った(絶たされた?)当時の総理大臣近衛文麿。

若いころに米国留学をして、それなりの人脈を作っており、米国からの石油輸入を止められて、単に仏印の石油を手に入れれば良かったはずの日本を、なぜか戦略的には必要のないはずの対米開戦へ導きます。

計略により操られていたんでしょうか。

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第二次世界大戦前に、日独伊三国同盟(1940年締結)を結んだことによる国際上のミスには、いくつかの重要なポイントが挙げられます。

1. アメリカを敵に回す結果を招いた
三国同盟は、枢軸国(日・独・伊)が相互に軍事支援を約束する条約でしたが、特にアメリカを刺激したことが最大の失策の一つでした。
当時、日本はアメリカとの関係を悪化させたくない一方で、ヨーロッパの戦局を考慮しながらドイツと提携する道を選びました。
しかし、この同盟はアメリカにとって「日本がドイツ・イタリアと共に世界秩序を乱す存在」と映ることになり、結果的にアメリカの対日経済制裁(石油禁輸など)を加速させました。
これが日本の南方進出と最終的な真珠湾攻撃(1941年)につながり、太平洋戦争へと発展しました。

2. ソ連との関係を悪化させるリスク
三国同盟には「ソ連を巻き込む危険性」がありました。
ドイツは日本に対し「ソ連を攻撃するように」圧力をかけましたが、日本は1941年に日ソ中立条約を結び、対ソ戦を避けました。
しかし、ドイツが1941年6月にソ連へ侵攻(バルバロッサ作戦)すると、日本の立場は難しくなり、結果的にソ連との関係も微妙になりました。

3. イタリアとの同盟が実質的に足かせになった
三国同盟はドイツと日本の戦略的利益の一致を狙ったものでしたが、イタリアはむしろ日本にとって負担になりました。
イタリアは北アフリカ戦線で敗北を重ね、ドイツの戦力を浪費させる結果になりました。
また、イタリアの戦争遂行能力が低く、1943年にはムッソリーニ政権が崩壊し、イタリアは連合国側に寝返りました。

4. ドイツの対ソ戦に巻き込まれる危険
日本はソ連と戦争したくない立場だったにもかかわらず、ドイツは対ソ戦で日本の協力を期待していました。
もし日本がソ連を攻撃していた場合、アメリカとの戦争を始める前に戦力が分散していた可能性があります。
逆に、日本が日ソ中立条約を守ったことで、ドイツは極東からのソ連軍増援を受け、モスクワ戦線で敗北を喫しました。

5. 戦後の外交的孤立を決定づけた
三国同盟は、戦後の日本外交にも悪影響を及ぼしました。
ドイツ・イタリアとともに敗戦国となったことで、戦後の国際秩序(国際連合の常任理事国など)において発言力を失うことになりました。

結論
日独伊三国同盟は、日本にとって以下のような国際戦略上のミスを引き起こしました。
アメリカとの対立を決定的にし、経済制裁を招いた
ソ連との関係が不安定になり、戦略的な自由度を失った
イタリアの戦争能力の低さが足かせになった
ドイツの戦略に巻き込まれるリスクを負った
戦後の日本の国際的立場を弱める結果を招いた
短期的には「ドイツの強さに便乗する」戦略だったかもしれませんが、長期的には日本の外交と戦略の柔軟性を損ねた失策だったと言えるでしょうね。


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