霧のニューヨーク早朝。12度。



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藤本幸弘オフィシャルブログ
昭和の歴史100年史を学び始めたのは、こういう事態を、きちんと理解出来るようになるためだと思う。
歴史は繰り返す。
前回は世界戦争になったが、今回はどういう結論を迎えるのか。もちろん痛みもあるけど功罪両方の側面がある。
日本だと悪い話ばかりが吹き込まれていますが、トランプ大統領。僕は優秀で長期で展望していると思います。
じっくりと見据えてその後の世界も予想して動かないとですね。

【関税と戦争】――経済音痴が国を滅ぼすとき
「日本は対米輸出に24%の関税をかけられた」
この事実、どれだけの人が深刻に受け止めているだろうか?
イギリスは10%、ブラジルも10%、トルコは10%、フィリピンですら17%。
それに比べて、なぜ日本だけがここまで重いのか?
日米は同盟国じゃ無かったのか?交渉できなかったのか?
だがこの話は、いまに始まったことではない。
日本という国は、「関税」というものに対して、かつてから極めて不器用だった。
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幕末、日本は関税の意味を知らなかった
1858年――安政五カ国条約。
幕府はアメリカ、イギリス、ロシア、オランダ、フランスと不平等条約を結んだ。
このとき日本が何を失ったか?
それは「関税を自分で決める権利(関税自主権)」だった。
国内産業を守るため、外国製品に高い関税をかけるという発想が、当時の日本にはなかった。
もっといえば、そんなことを交渉の場で主張する能力すらなかった。
これがのちに大問題となる。
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不平等条約の一部は、陸奥宗光や小村寿太郎らの外交によって撤廃された。
だが、最後まで残ったのが「関税自主権の回復」だった。
1911年(明治44年)、ようやく日米新通商条約で完全回復。
日清・日露という二度の戦争に勝って、ようやく交渉に応じてもらえたのだ。
つまり、関税は戦争と同じレベルの交渉材料だったということだ。
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そして昭和恐慌――関税が日本を追い詰めた
1929年、ウォール街の株価暴落をきっかけに世界恐慌が始まる。
各国は一斉に高関税政策を導入。
アメリカはスムート・ホーリー法(1930年)で外国製品を排除し、
イギリスはスターリング・ブロックで旧植民地との取引に閉じこもった。
このとき、日本の主力輸出品は絹織物。
着物用ではない。世界の女性下着――ブラやショーツの原材料として、絹は重宝されていた。
だが、関税で締め出された。
人口は6000万人を突破し、食えない人々が溢れた。
少女が身売りをし、子どもたちは学校で弁当が持てなかった。欠食児童という言葉が社会を覆った。
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高橋是清の「円安作戦」と米英の報復
この状況を打破しようとしたのが高橋是清。
彼は金本位制を廃止し、管理通貨制度を導入した。
金に裏打ちされた円ではなく、日本という国家の信用で円の価値を支える。
1ドル=2円だった為替を、1ドル=5円にまで下げた。超円安政策である。
これにより、日本の製品は世界市場で「安くて良い」と再び売れ出し、日本は恐慌をいち早く脱した。
だがここで、アメリカとイギリスが牙をむいた。
「ソーシャル・ダンピング(不当廉売)だ!」
結果、最大で6000倍もの関税をかけられる羽目に。
もう、売る先がなくなった。
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満州事変と「市場を力で確保する」という論理
この時代、世界はすでに市場の囲い込み合戦に入っていた。
アメリカは南北アメリカ大陸、イギリスは英連邦、フランスはアフリカを抑えていた。
市場がなければ、生産品を売る場所も、国民を養う糧もない。
ここで登場したのが、関東軍の石原莞爾。
「外交も経済も無能なら、軍がやるしかない」――満州事変である。
満州に傀儡国家・満州国を作り、ラストエンペラー溥儀を据え、国際的承認を取り付けた。
これで、日本はようやく“売る場所”を確保したわけだ。
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515事件と政党政治の終焉
しかしこれに、東京の政治家たちは大反対。
「国際問題になる!」と騒ぎ立てた。
だが、その政治家たちは欠食児童にも少女の身売りにも、何一つ手を打てなかった。
怒りの矛先は、青年将校たちへ。
「姉が売られてまで勉強した」彼らは、犬養毅を射殺した。
「話せばわかる」
「問答無用!」
これが515事件(1932年)。
以後、政党出身の総理大臣は姿を消し、「軍人の政治」が始まる。
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戦後の教訓――関税が戦争を招く
戦後、人類はようやく気づいた。
関税で締め出し、ブロック経済を作れば、次は武力で市場を奪いに来る――と。
だからこそ生まれたのがGATT(1947年)、そしてWTO。
自由貿易こそが平和の鍵。そんな理想がようやく共通言語になった。
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だが、また歴史は繰り返されようとしている
トランプ政権は、中国製品に34%の関税をかけた。
歴史を詳細に学ぶアメリカ政府。ロナルドレーガンが、ソ連を崩壊させた同じ手法を今回適応した。
もちろんメインターゲットは中国。米中の消耗戦になるだろう。
それと同時に、日本製品にも24%の関税。輸出品が多い企業は消費税還付が受けられる。誰がツケを払うのか。
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関税は税金の話ではない。
それは、主権と国防と経済戦略の話だ。
そして経済と外交が破綻したとき、どうなるのだろう?
NYCメトロポリタンオペラにて、モーツァルトの名作《フィガロの結婚(Le Nozze di Figaro)》を鑑賞しました。
いわゆる「オペラ・ブッファ」、つまり喜劇オペラの金字塔です。この演題はMETでも鉄板で、演者を変えてさまざまなヴァージョンを観てきましたが、今回も感激でした。モーツァルトのアリアは何故あんなに素晴らしいのでしょう。非の打ち所がない完璧な音運びですよね。
モーツァルトとダ・ポンテのコンビによって1786年、ウィーンのブルク劇場で初演されたこの作品。
オペラ好きにとっては説明不要かもしれませんが、じつはこの《フィガロの結婚》、それ単体でも面白いのですが、「続編」だということをご存知でしょうか?





■ フィガロの前日譚、それが《セビリアの理髪師》です
モーツァルトの《フィガロの結婚》は、ロッシーニの《セビリアの理髪師(Il Barbiere di Siviglia)》と登場人物を共有しており、物語の時系列的には“続編”にあたります。
ただし面白いのは、先に書かれたのは《フィガロの結婚》のほう(1786年初演)で、《セビリアの理髪師》のほうが30年後(1816年)に作られているという逆転現象です。
両作のベースとなっているのは、18世紀フランスの劇作家ボーマルシェによる「フィガロ三部作」。
セビリアの理髪師(1775)
フィガロの結婚(1784)
フィガロの罪(未完)
つまり、《セビリアの理髪師》→《フィガロの結婚》という流れは原作戯曲の時系列通りなのですが、オペラとしては《フィガロの結婚》の方が先に生まれました。
■ 登場人物は同じでも、音楽と雰囲気はかなり違う
《セビリアの理髪師》では、若き伯爵アルマヴィーヴァがフィガロ(この時点では理髪師)とともに、美しいロジーナを後見人バルトロの手から奪い取る——という、恋の策略喜劇が展開されます。
一方、《フィガロの結婚》ではその後、伯爵とロジーナは結婚しており、しかしその伯爵が今度は自分の召使いスザンナに手を出そうとして…という話。
フィガロは引き続き中心人物ですが、「理髪師から召使いへ」と、職業的には少々ステップダウンしているのがなんとも喜劇的。けれどその知恵と機転は健在で、今回も大活躍します。
■ モーツァルトの“社会批判”がにじむ場面
今回特に注目したのが、第3幕の「フィガロ出生の秘密」が明かされる場面。
なんと、フィガロは登場人物の元夫婦だったマルチェリーナ(伯爵邸の女中頭)とバルトロ(セビリアの医師)の“実の息子”だったという驚きの展開です。
このくだりをオペラに使ったことは、当時のヨーロッパ社会における身分制度のタブーに対する挑戦としても解釈されており、モーツァルトの人間観・社会観が垣間見える場面です。
この直後に演奏される四重唱「Riconosci in questo amplesso」(皆さん、ご覧なさい)は、音楽的にも圧巻。声部が少しずつ絡み合い、やがて再会と血縁の再統合を音楽で表現していく——笑いながらも、ふと深い感情に引き込まれるような、不思議な余韻を残します。
■ さて、マラガへの旅のことを少し
ちょうど来月、スペイン・マラガにて国際学会がある予定でまた発表に行きます。
《セビリアの理髪師》の舞台となったセビリアと、マラガはともにアンダルシア地方に属し、フラメンコ、ムデハル様式、そして聖週間(Semana Santa)の文化など、多くの共通点を持っています。
セビリアは荘厳な伝統の街。ドン・ファン伝説や《カルメン》の舞台にもなっており、歴史と精神性に満ちた街並みです。
一方マラガは、ピカソの故郷として知られ、現代アートや観光文化が融合する開放的な雰囲気。美術館も多く、近年はヨーロッパ内外からアーティストが集う場所となっています。
実はマラガは、僕がパンデミック前に滞在した最後のヨーロッパの地。
2020年2月、コロナが広がる直前でした。
その後、僕自身はワクチン接種を選ばなかったため、4年近く海外渡航を控えることとなり——次回の旅は、個人的にも深い意味を持つ再訪となりそうです。
CONDUCTOR
Joana Mallwitz
IN ORDER OF VOCAL APPEARANCE
FIGARO
Michael Sumuel
SUSANNA
Olga Kulchynska
DR. BARTOLO
Maurizio Muraro
MARCELLINA
Elizabeth Bishop
CHERUBINO
Sun-Ly Pierce
COUNT ALMAVIVA
Joshua Hopkins
DON BASILIO
Brenton Ryan
COUNTESS ALMAVIVA
Federica Lombardi
ANTONIO
Paul Corona
BARBARINA
Mei Gui Zhang
DON CURZIO
Tony Stevenson
マンハッタンに帰ってきて、グランドセントラルで牡蠣でも食べるか?と思い寄ったのですが、昼は11時半からだそうで、今回は次のアポの時間の問題でパス。
しかし我々より上の世代は、なんでオイスターバー好きなんでしょうね。笑。


やむなくルーカスロブスターロールを。
ロブスター、シュリンプ、蟹のトリニティロールをクラムチャウダーと共に実に美味しくいただきましたが、果たしてこれ、いくらだったでしょうか?もっと安かったイメージなんですけどねえ。
帰ってきました。ニューアーク近辺。
マンハッタン島は、ニュージャージー側から観るのも好きだなあ。



