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響墨(きょうぼく)の会

来週28日19時、半蔵門ゴルフ医科学研究所にて開催のソプラノ生歌唱と書道家のパフォーマンスの響墨(きょうぼく)の会。

今日は音合わせだったのですが、そのコロラトゥーラの響きと声量に鳥肌立ちました!

チラッとお見せします。来週が楽しみです!

https://www.facebook.com/takahiro.fujimoto/videos/970370038586307

まだまだ参加者募集中です。

宜しかったらコメント欄からぜひ参加表明お願いします。


数学者の頭脳とビジネスの現場 ――抽象の力が現実を制すとき

数学者の頭脳とビジネスの現場

――抽象の力が現実を制すとき

「数学ができる人は、ビジネスにも強い」――そう聞いて、どう感じるだろうか。

私にとっては、むしろ当然のことのように思える。

というのも、かのHarvard Business Review(2016年9月号)ではこう記されている。

「トップビジネススクール出身の起業家のうち、STEM系出身者の成功率は文系出身者の1.6倍にのぼる」

この数字が示すのは、単なるアカデミックな偏りではない。

数学的な思考が、混沌としたビジネス世界を読み解く“言語”となるという事実である。

起業とWACC――数式が語る経営の勘どころ

学生時代、「将来は会社を起こしたい」と夢見る若者たちに、私はこう勧めたい。

「まず、数学を学んでください」

たとえば、世間では「無借金経営が素晴らしい」と信じる経営者も多い。だが、実際の企業価値評価の世界では、必ずしもそうとは限らない。

僕がビジネススクールで学んだ最も基本的な概念はWACC(加重平均資本コスト:Weighted Average Cost of Capital)だった。

WACCとは?

企業が調達した自己資本と負債に対して、どれだけの“資本コスト”を支払っているかを示すもので、数式で表される。

■ WACCが使われる場面

1. 投資判断の基準
 → プロジェクトのIRRがWACCを上回るかで投資の妥当性を判断。

2. 企業価値評価(DCF法)
 → 将来キャッシュフローの割引率としてWACCを使用。

3. 資本構成の最適化
 → 自己資本と負債のバランス調整で資本コストを最小化できる。

これらを理解せずして、経営判断を誤れば、企業は未来を見誤る。投資の機会は数限りなく訪れる。いちいち計算するのではなく、最適解を頭の中で予想してジャッジしないと対応が遅れてしまう。WACCの数式を「読める」ことは、すなわち「資本の設計図を描ける」ことなのだ。

数学者がなぜビジネスに強いのか?

1. 世界を抽象化する

数学者は、現象を「構造」に変換する訓練を受けている。
「なぜこの事業は失敗したのか?」という問いに対し、感情論ではなく、数式とモデルで捉え直す力がある。
• 例:売上 = 単価 × 顧客数
• そこに LTV(顧客生涯価値)や CAC(顧客獲得コスト)を組み込む発想
これは、コンサルティングファームが数理的訓練を重視する理由とも重なる。

2. 因果と相関を峻別する論理力

ビジネスでしばしば混同されるのが、「因果関係」と「相関関係」である。
「広告を打ったら売上が上がった」→「だから広告は成功だった」と短絡するのは危うい。
数学に強い人は、因果推論や回帰分析といった統計的手法で、それを見抜くことができる。

3. リスクと不確実性への耐性

ビジネスは“予定調和”ではない。
むしろ、予測不能な変数に満ちている。そこで必要なのが、確率論的思考だ。
ジェームズ・シモンズ(James Simons)――数学者にして、世界最強のヘッジファンド「ルネサンステクノロジーズ」創業者。
彼の哲学は、「市場を予測する」のではなく、「変動をモデル化する」ことにあった。

4. 構造化と最適化という知的武器

ビジネスの現場では、常に「限られた資源をどう使うか」という問いがつきまとう。
• 線形計画法による最適配分
• 微分・需要の弾力性による価格設定
• 在庫理論・ロジスティクスによる効率化
これらはすべて、数学の応用知である。

5. 意外にも、人間関係にも強い?
数学者は「理詰めで非社交的」と誤解されがちだが、ゲーム理論的発想を持つ彼らは、むしろ人間関係を構造化して捉える力がある。
たとえばナッシュ均衡――
複数の利害関係者が合理的に動く中で、最適な妥協点を見つけ出す発想は、交渉・調整の場でも極めて有効だ。

総括:数学は“未来を読む言語”である

かつてガウスは言った。
「数学は科学の女王であり、数論は数学の女王である」

しかし、今あらためて言おう。

数学は、現代経営の女王でもある。

混沌、不確実性、変数に満ちたこの世界で、数式というレンズを通して本質を捉える力こそが、真の意思決定者を育てるのだ。


必要な薬と医療

医師になって30年以上。臨床現場でも、「本当に必要な薬はごくわずか」という感覚は、経験を重ねるほど強くなります。

急性疾患や命に関わる病態では、薬の投与が不可欠です。たとえば心筋梗塞や重度の感染症では、抗血栓薬や抗生物質なしでは救命が難しい。しかし、慢性疾患や予防目的の薬に関しては、「その人にとって本当に必要か?」という問いが常に付きまといます。

以前は(今でも?)自分の飲む薬を自慢げに並べて話題にする高齢者がいましたが、現在を生き抜くためには、雑多な情報の信憑性を判断する能力が、必要なのだと思います。

医療が複雑化するに従って、全ての医師が全ての情報をキャッチアップしているとも限りません。僕も薬学博士を取った時に、同じ薬剤でもリポジションといって、別の効果が見つかる場合も多く、全ての化学構造物には功罪がある事をあらためて学び、取得後はむしろ薬を使わなくなりました。

コロナの初期にも、体温を高めてウイルスを殺すという基本原則を忘れて、ごく初期に解熱剤を飲んでしまった方々が命を落とす事が多くありました。

かと言って現代医療を全て否定してしまうのも愚か。特定の医師の見立てだけで無く、セカンドオピニオンを取ったり、学んで自分で判断すること必要なのでしょう。結構間違ってますが(笑)、生成AIなどもありますし。

不要な薬が増えてしまう背景

ガイドライン偏重の医療
 「数値を基準に薬を出す」傾向が強くなりすぎて、患者個別の背景が軽視されることがあります。

ポリファーマシーの落とし穴
 高齢者を中心に、5種類以上の薬を処方されているケースは少なくありません。副作用対策の薬を加えていくと、薬漬けになります。

患者の期待
 「薬をもらわないと診察を受けた気がしない」という心理的要因も、薬の過剰処方につながります。

本当に必要な薬とは?

急性期で明確なエビデンスがある薬
 (例:ステント留置後の抗血小板薬、肺炎の抗菌薬)

慢性疾患でQOLや生命予後を改善する薬

一方で、「飲まなくても変わらない」薬も多く存在します。たとえば、降圧薬の微調整や胃薬、睡眠薬、整腸剤など、長期的な服用が惰性になっているケースはしばしば見受けられます。

【A】本当に必要な薬(エビデンスが確立されているもの)

急性冠症候群 明確に生命予後を改善
脳卒中後 再発予防に必須
糖尿病  作動薬 心保護・腎保護効果が証明
高血圧  心血管イベント抑制の観点から
気管支喘息  吸入ステロイド 吸入継続で増悪を防止
てんかん・精神疾患 発作・症状の再発予防に重要

【B】再考すべき薬(漫然と長期投与されがち)

胃の不調(慢性胃炎等) H. pylori除菌後も長期投与されがち
睡眠障害 長期使用で認知機能・転倒リスク
不安・抑うつ 抗不安薬(デパス等)
軽度の高脂血症 スタチン系
高齢者の高血圧 多剤併用 過降圧・めまい・転倒の原因に

【C】場合によっては不要な薬(プラセボ的側面・対症療法)

軽い便秘・下痢 整腸剤、漢方 食生活改善で代替可能
肩こり・腰痛 湿布、鎮痛薬 運動療法・ストレッチで
風邪症状 総合感冒薬自然軽快を待つのが基本
疲労感・倦怠感 ビタミン剤、強壮薬
軽い不眠 睡眠導入剤(特に短時間型) 生活リズム・入眠儀式を整える方が安全

【D】個別な判断が必要な薬(複数の医師に判断を仰ぐべき)

抗がん剤 
ワクチン
抗精神病薬

「脱・薬社会」に向けて

現在の医療者は人手不足ですが、生活習慣への介入 運動・食事・睡眠の見直し 患者との対話による納得の上での「薬を減らす」選択。この作業は生成AIにとって代われると思います。医療者の哲学と患者の価値観のすり合わせをしてゆきたいですね。


港区役所

諸手続きのため港区役所へ。

薬学の博士号を取るために通った慶應義塾大学薬学系研究科の隣にありますので、見慣れた景色です。

なんだか、転入届の前に10名以上待ちがあり、見たところ日本人が1人もいない。本当に乗っ取られてしまうんじゃないですかね。


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