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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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ランボルギーニ・カウンタックのリアウイング

え! 衝撃の事実。

ランボルギーニ・カウンタックのアイコンでもあるリアウイングはダウンフォースを発生させず、実は「無意味だった」。カッコいいだけだったとは….。

ランボルギーニ・カウンタックのアイコンでもあるリアウイングはダウンフォースを発生させず、実は「無意味だった」という事実

ランボルギーニ・カウンタックは、「ファイティングブル・エンブレム」を背負うスーパーカーの中でも”最も記憶に残る1台”として語り継がれており、その鋭く、ウェッジシェイプ形状を持つボディとシャープなラインは1980年代のスーパーカーの象徴そのものだと言っていいかもしれません。

そしてこのカウンタックの象徴ともいえるのが「巨大なリアウイング」。

このウイングは「見た目のインパクトは抜群」ではあるものの、実はまったく空力効果が得られないシロモノであったという事実が存在します。


人類の営みである「科学」「芸術」「宗教」

人類の営みである「科学」「芸術」「宗教」は、それぞれ異なる目的や方法を持ちながら、真理や意味の探求に関わってきました。

僕にとってもこの3分野はまさに興味の対象ど真ん中です。

アルベルト・アインシュタインは「宗教・芸術・科学は同じ一本の樹の枝」と述べましたが、枝分かれした先で果たす役割は大きく異なります。

社会における三領域の相互作用
社会制度の面から見ると、科学・芸術・宗教は異なる形で社会に根付きつつも、互いに影響し合っています。例えば政策決定では、科学的知見が重要視される一方で倫理的・宗教的価値観も考慮されますし、社会問題を芸術が可視化し議論を促すこともあります。教育課程では、科学(理科)・芸術(音美術)・宗教(倫理や宗教史)はしばしばバランスを取りつつ編成され、全人的な人間形成が図られます。

大学でも理系・文系・芸術系の学部が存在し、相互交流や学際的プログラムが組まれる例も増えてきました。特に21世紀にはSTEAM教育(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics)が提唱され、科学技術教育に芸術的創造性を組み合わせる動きもあります。これは科学と芸術の統合を図る現代的試みであり、ルネサンス的人材(ダ・ヴィンチのような)が再評価されています。

社会制度・教育の観点からまとめれば、科学は大学・研究所・企業などで制度的に支えられイノベーションを生み、宗教は組織化された教団や伝統行事を通じてコミュニティの精神的支柱となり、芸術は文化施設や教育機関で育まれ社会に潤いと創造性をもたらしていると言えます。それぞれの領域は異なる制度的枠組みを持ちながら、人々の生活や価値観の中で重なり合い、相互補完する関係を築いてきました。

特に21世紀のAI(人工知能)時代およびポスト真実時代における科学・芸術・宗教の役割と直面する課題は、AI技術の飛躍的発展や、フェイクニュース・陰謀論が台頭するポスト真実(Post-truth)の状況は、三領域それぞれに新たな挑戦を投げかけています。

科学(サイエンス)
現代の科学はAI技術そのものの開発主体であり、同時にAIを道具として活用しています。例えば医薬品の分子設計や気候予測に機械学習が導入され、AIが科学発見を支援する局面が増えています。AIは膨大なデータを解析し、人間には見つけられないパターンを検出することで、新知見の獲得を加速しています。一方で、ポスト真実時代において科学は社会からの信頼を改めて問われています。
インターネット上には科学的エビデンスより感情や信念を優先する情報が飛び交い、ワクチン陰謀論やフラットアース(地球平面説)のように反科学的な主張が一部に支持される状況があります。科学者コミュニティにとって、事実に基づく正確な情報発信と市民の科学リテラシー向上は喫緊の課題です。AIはこの点でも諸刃の剣で、ディープラーニングによるディープフェイク(偽造画像・動画生成)技術などは偽情報拡散に悪用される恐れがあります。
実際、AIが作成したフェイク動画や偽の研究論文が出回れば、科学的事実と虚偽を見分けるのが難しくなります。科学界は、AIを研究加速のエンジンとしつつ、倫理的AI開発や偽情報検出技術の開発などを通じて社会の真実性を支える役割が求められています。
またAI時代には、「AIが発見した法則」を人間が理解・検証できるのか(AIのブラックボックス問題)という新たな哲学的問題も生じており、科学の手法や「理解」の意味が問い直されています。

宗教(Religion)
AI時代、宗教もまた変化を迫られています。一部ではテクノロジーを神格化したり、AIを用いた新興宗教の試みすら見られます。例えばAIロボット僧侶や聖書チャットボットが登場し、宗教的問いに答えたり儀式を行う実験がなされています。
日本の高台寺では人型ロボット「マインダー(Mindar)」が仏教の法話を行い、ドイツではプロテスタント教会が祝祭でロボット牧師(BlessU-2)による祝福を披露した例もあります。これらは話題性こそあれ、人間の心を救うという伝統的聖職者の役割をAIが担えるかは未知数です。むしろ宗教界の関心は、AIがもたらす倫理的課題(雇用の喪失による社会的弱者の救済、人間観の変容、トランスヒューマニズム的な問題など)に対し、宗教がどのような指針を示せるかにあります。
宗教は古来、技術の進歩に対し倫理基盤や終末観・救済観を提供してきました。AI時代にも、「人間らしさ」とは何かという根源的問いに宗教的伝統から回答を試み、人間とAIの関係性に道徳的境界を設ける役割が期待されます。またポスト真実の風潮下では、宗教もまた虚偽情報やヘイトの媒介として悪用され得るリスクに直面します。カルト的陰謀論(Qアノンなど)が疑似宗教化し、人々の心の隙間に入り込む現象も起きています。
一方で伝統宗教の中にもフェイクニュース対策や平和的対話に尽力する動きがあり、宗教コミュニティは真実と偽りを見極める倫理観を社会に説く役割を再確認しています。つまり宗教には、AI時代における人間の尊厳の擁護や、ポスト真実時代における価値観の羅針盤としての期待と、逆に自らが時代に即して変革しないと信頼を失うという課題が突き付けられているのです。

芸術(Art)
芸術の世界でもAIとポスト真実の影響は大きく現れています。近年、AIアートが台頭し、人工知能が描いた絵画や作曲した音楽が注目を集めています。2018年にはパリのクリスティーズオークションでAIが生成した絵画《エドモン・ド・ベラミーの肖像》が43万ドル(約4,300万円)もの高額で落札され、話題となりました 。
AIは15,000点もの肖像画データから学習し、人間が描いたような作品を生み出しました。この出来事は、「芸術とは何か?創造性は人間だけのものか?」という哲学的問いを投げかけています。芸術家にとってAIは新たな表現ツールとなり得ますが、一方で人間の創造性の独自性が失われる懸念もあります。著作権やオリジナリティの問題も顕在化しており、AIが学習に使った既存作品の権利や、AI生成物の作者は誰かといった議論が続いています。
またディープフェイク技術は芸術と虚偽の境界を曖昧にします。画像や映像を自在に操作できるため、本物と偽物の区別がつきにくくなり、写真やドキュメンタリー映像といった「記録芸術」の信憑性が揺らぎかねません。これは芸術作品の文脈に限らず、社会全体で真実性への不安をもたらすため、アーティストやメディア制作者は倫理的責任を問われています。
一方で、芸術にはポスト真実時代の混沌を映し出し批判する力もあります。風刺画や社会派映画、現代美術のインスタレーションなどは、偽情報やプロパガンダを暴露し、人々に考えさせる働きをしています。AI時代には、人間とAIのコラボレーションによる新ジャンルの芸術も期待されています。
AIが得意とするパターン生成と、人間の持つ感性や物語性が融合すれば、新たな美の地平が開けるかもしれません。芸術界の課題は、AIと共存しつつ人間固有の表現力をどう活かすか、そしてデジタル時代における本物の価値をどう提示するかにありますね。

AI技術の飛躍的発展や、フェイクニュース・陰謀論が台頭するポスト真実(Post-truth)の状況は、三領域それぞれに新たな挑戦を投げかけていると言えますね。


「ジブリが陳腐化する」生成AIで“量産型ニセジブリ”SNSで氾濫

然もありなん。個人で楽しむのは良いけれど….。

今年中に、AIだけで映画が撮れる様になりますからね。アニメどころか、声優、俳優までもが影響を受けそう。

また本物そっくりのディープフェイク動画が出るおかげで、YouTubeの動画マーケティングは方式を変えざるを得ないでしょうね。

ジブリ風AI画像の功罪

はじめに
近年、SNS上で「ジブリ風AI画像」が爆発的に増え、ジブリのような温かく幻想的なビジュアルが、多くの人々を魅了しています。しかしその一方で、この現象には様々な倫理的・文化的問題が潜んでいます。本稿では、その魅力の根源と、見落とされがちなネガティブな側面を整理し、私たちがAI画像にどう向き合うべきかを考察します。

魅力的な点:なぜ人はジブリ風に惹かれるのか
• 懐かしさと安心感:自然・田園・手作業・風の表現といった要素は、現代社会に生きる人々に癒しを与える。
• ノスタルジックな色調と構図:アースカラーを中心とした柔らかいパレット、遠近感のある構図は、誰もが一度は見たような「記憶の風景」を呼び起こす。
• 感情のある風景:人物が小さく、自然が主役という構図は、見る人に人生観的な余韻を与える。

問題点1:著作権・知的財産権のグレーゾーン
スタジオジブリのビジュアルや作画タッチは、著作権保護の対象であり、それを模倣した画像をAIで生成・拡散・販売することには法的なリスクが伴います。とりわけ商用利用は侵害の可能性が高く、ファンアートとは一線を画します。
宮崎駿は、AIによる芸術模倣に対して「生命に対する冒涜」とまで語っています(NHKスペシャル『終わらない人 宮崎駿』, 2016年)。

問題点2:創造性の希薄化
AI生成画像が「ジブリっぽければ美しい」といった評価基準を固定化させることで、若い創作者の自由な発想や独自表現を妨げる可能性があります。模倣が称賛される風潮の中で、創作が「最適解の反復」になってしまう危険があります。

問題点3:作品思想の脱文脈化
ジブリ作品の根幹には、自然と文明の対立、命の循環、戦争への批判、女性の自立といった深いテーマがあります。しかしAI画像はそれらの思想性を抜き落とし、表層的なビジュアルのみを消費対象とするため、結果として本来の作品意図を矮小化することに繋がります。

問題点4:文化的ステレオタイプの助長
ジブリ風画像の多くは「和風」「田舎」「黒髪の少女」「祭り」などをステレオタイプ的に配置し、それを“東洋の美”として扱います。これは無意識のうちに、文化の記号化やエキゾチック化、ひいては文化の盗用(カルチュラル・アプロプリエーション)を助長するリスクも孕んでいます。

結論:リテラシーと敬意を持って使うべき
ジブリ風AI画像は、人々の記憶と感情に訴える力がありますが、その背景には本来の思想・哲学・職人芸術があることを忘れてはなりません。模倣するのであれば、敬意を払い、その本質を理解しようとする姿勢が求められます。私たちがどのようにAIと創作文化を共存させるか。その問いの中にこそ、今後の表現の未来がかかっています。

「ジブリが陳腐化する」生成AIで“量産型ニセジブリ”SNSで氾濫


電車の中で

電車の中で電話で話してる外人がうるさかったので、スマホで打って、これ見せたらすぐ黙った。

おすすめです。

Did you know that talking on the phone is prohibited on trains in Japan?


「バッハ無伴奏チェロ組曲とワインの調べ」

昨晩はゴルフ医科学研究所にて定期的に開催している、「バッハ無伴奏チェロ組曲とワインの調べ」でした。

バッハのチェロ組曲も3周目。昨晩は第五番に素敵なワインを組み合わせて、

音楽から  聴覚と触覚

ワインから 味覚と嗅覚

そしてもちろん視覚も刺激する

五感を楽しむ会になりました。

まさに調律の天才のバッハ。何度も聴いているうちに、知識も経験も増えてきます。

昨晩も僕がチェリスト金子鈴太郎さんに質問したのですが、

バッハが《無伴奏チェロ組曲(BWV 1007–1012)》で選んだ6つの調性

1. ト長調(G major, BWV 1007)
2. ニ短調(D minor, BWV 1008)
3. ハ長調(C major, BWV 1009)
4. 変ホ長調(E-flat major, BWV 1010)
5. ハ短調(C minor, BWV 1011)
6. ニ長調(D major, BWV 1012)

五線譜には多くの調があるにも関わらず ト長調で始まり、ハとニの2つは長調と短調が選ばれており、変ホ長調も含まれるのです。

この選定には、どんな意図があったのか?と言う事なのですが、色々調べてみました。

1. 楽器(バロック・チェロ)の調弦と共鳴効果

バロック時代のチェロは、現代のような金属弦ではなくガット弦を使用しており、自然倍音(オープン・ストリングの共鳴)を活かした演奏が重要でした。そのため、開放弦(C-G-D-A)に合う調性は響きが良く、特にG、D、Cなどは自然共鳴を活用しやすい。
第1番(ト長調)はG弦・D弦の共鳴を活かす最も自然な調。
第3番(ハ長調)はC弦との響きが美しく、豊か。
第6番(ニ長調)は、実は5弦のピッコロ・チェロ(高音弦Eが加わる)で想定されていたとされ、高音域への展開が可能になっている。
調性の選定には、物理的な響きの最適化という技術的な背景があったそうなのです。

2. 調性による情緒的・精神的コントラスト

バッハは、6つの組曲にわたって明調と短調を交互に配置しつつ、全体として精神的な旅路を感じさせる構成にしています。
第1番ト長調
純粋で明快、始まりにふさわしい
第2番ニ短調
哀愁と深み、瞑想的
第3番ハ長調
豊かで伸びやか、開放感
第4番変ホ長調
崇高で堂々、荘厳な響き
第5番ハ短調
最も重く劇的、バロック的悲劇性
第6番ニ長調
解放と歓喜、到達点として輝かしい
といった感じです。
明暗のバランスだけでなく、「昇華」や「変容」のドラマが仕組まれているのです。

3. 音楽的・構造的対称性

ある研究者は、バッハが左右対称的に調性を配置しているとも述べています。
中心を軸にして外側へ展開するような構成(G–D–C–Eb–c–D)
ハ長調とハ短調(同主調)を組み込むことで、対位的な平衡をつくる
最後に「ニ長調」で終えることで、精神的に明るく昇華される

4. なぜこの6つの調だったのか?

結果、バッハがこの6つを選んだのは、以下の3点の調和を実現するためなのですね。
• 楽器の物理的共鳴と技術的可能性
• 精神的・情緒的な対比と物語性
• 調性による構造的な秩序と対称性
つまり、これらは単なる「技術練習曲」ではなく、音響的にも精神的にも構築された「芸術的宇宙」とも言えるのです。

生演奏による音楽は、聴覚の可聴域の上下の多くの音波を含んでおり、多くは肌の受容体がこれらを受け止めて脳に刺激を送っていて、脳や身体に多くの効果がある事がわかっています。

https://www.facebook.com/1486146253/videos/pcb.10237240710585754/1360848231864883

感性を豊かにするためにも、生演奏を聴く機会を増やしたいですね。

次回は5月30日。第六番組曲。

解放と歓喜、到達点として輝かしい組曲

まさに集大成です。乞うご期待。


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