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白鳥たちはなぜ飛翔するのか──チャイコフスキーの“踊る交響詩”

白鳥たちはなぜ飛翔するのか──チャイコフスキーの“踊る交響詩”

今日は、友人に勧められてKバレエの『白鳥の湖』を観に行ってきました。

チャイコフスキーの名曲にのせて繰り広げられるあの世界は、何度観ても心を揺さぶられます。

日本ではミュージカルの多くが録音上演であるのに対し、今回は生オーケストラによる演奏という贅沢な体験。
感動が冷めないうちに、こうして思いのままに綴ってみようと思います。

僕が初めてバレエを観たのは──

あれは、十数年前。
学会でロシアに滞在していたときのことでした。
いつも学会の際に予約するオペラの上演がなかった夜、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場で、たまたまその夜に演じられていたのが、『白鳥の湖』でした。
正直なところ、「せっかくだから、本場で一度くらいバレエを観ておこうか」──それくらいの軽い気持ちでチケットを取りましたがその気持ちは開演から10分で打ち砕かれました。
目の前で“音楽が生きていた”
バレリーナの動きに、まず目を奪われました。
筋肉の緊張と伸び、空中に浮いたまま静止するようなジャンプ、つま先のわずかな動きまでもが計算され尽くしていて、それでいてまったく不自然ではない。
音楽がそのまま身体に宿って、舞台の上で生きているようだったのです。
このとき、僕は思いました。
「これは、オペラと並ぶ、近代芸術の頂点だ」と。
音楽は、ただ耳で聴くだけのものではない。“観る”ことで感じるものでもあるのだと、初めて本当の意味で気づいた瞬間でした。
会場を出ると夜11時過ぎだったのですが、白夜に近くて明るかったのを思い出しますね。

ーーーーー

音楽はいつから“舞台”を持ったのか?

そもそもクラシック音楽とは、もともと神に捧げる“音だけの芸術”でした。
バッハ、ハイドン、モーツァルト──彼らの作品は、聴く人の内面と対話する、極めて知的で抽象的な世界でした。
けれど、あるときそこに物語が入り、身体が入り、そして舞台という空間が加わったのです。
そうして生まれたのがオペラであり、バレエでした。
音楽が「耳」から「身体」へと降りてきた瞬間。
そして、19世紀の終わりにチャイコフスキーが『白鳥の湖』を作曲したとき、音楽はついに“魂と筋肉が出会う場所”にまで進化したのです。

チャイコフスキーの魔法──踊る交響詩

『白鳥の湖』の音楽は、ただ美しいだけではありません。
弦のアルペジオで描かれる湖畔の情景。
オーボエが紡ぎ出すオデットの哀しみ。
ホルンとティンパニによる、オディールの誘惑と威圧感。
そのすべてが、まるで人間の感情をそのまま五線譜に移し替えたような、心の構造を音で描く試みなのです。
音楽の構造は交響詩のように組まれ、主題が再現され、変奏され、
そして物語の終盤には調性がロ短調から長調へと“救われて”いく。
それはまさに、愛と死と再生のドラマ。
音楽が物語を語るとは、こういうことなのだと痛感させられます。

バレリーナの身体──“重力を忘れさせる科学”

あのとき舞台で観たバレリーナたちの動きは、
ただ「優雅」なだけではありませんでした。明らかに“超人的”だった。

たとえば──
ジャンプの滞空時間は平均0.6秒以上。着地には関節と筋肉の等尺性収縮が必要。
ポワント(つま先立ち)では、足部の微細筋を神経レベルで制御して踊る。
一公演のエネルギー消費量は1000~1500kcal。オリンピック競技並みです。
彼女たちは、それらをすべて“何もしていないような顔で”やってのける。

僕があの夜に感じた震えは、美しさそのものというよりも、
その一瞬の美のために費やされた、静かで膨大な鍛錬の重さに気づいてしまったからだったのかもしれません。

ワーグナー、ヴェルディ、そしてチャイコフスキー

19世紀の音楽を形づくった三人の巨匠。
ワーグナーは、宇宙と神話を描きました。
彼の作品は、終わりのない旋律(無限旋律)と動機の変容で、時間と空間そのものを超えていこうとした音楽哲学でした。
ヴェルディは、社会と人間の葛藤を描きました。
彼の旋律は情熱的で、オペラの舞台には常に「人間の選択」がありました。そこには政治や倫理すらも色濃く反映されていました。
そして、チャイコフスキー。
彼は、私たち一人ひとりの心の奥底にある孤独、哀しみ、願いを描きました。

つまり──
ワーグナーは神話を、ヴェルディは社会を、チャイコフスキーは“わたし”の感情を音楽に託したのです。

“白と黒”を映す鏡──ブラック・スワンという現代の問い

映画『ブラック・スワン』は、この『白鳥の湖』を現代の視点から再解釈した作品です。
ナタリー・ポートマン演じるニナは、白鳥の純粋さと黒鳥の誘惑の両方を踊らなければならない役に苦しみ、自我を崩壊させていきます。
舞台の上で、彼女は“死によって完成する芸術”を体現します。
白鳥オデットが象徴するのは純潔・犠牲・哀しみ。
黒鳥オディールが象徴するのは誘惑・裏切り・力。
プリマの二面性は、そのまま現代の自己の多重性や葛藤の象徴でもあります。
バレエは、単なる美しさではなく、存在の揺らぎを映し出す鏡でもあるのです。

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あの夜、マリインスキー劇場で観た『白鳥の湖』。
僕は今でも、あのときの音と動きを、心と身体のどこかで覚えています。
チャイコフスキーの旋律は、僕の中で今も流れ続けているのです。
白鳥たちは、今日も世界中の舞台で静かに飛び続けている。
そしてそのたびに、観る人の中にある“なにか”を、ふと動かしていく。
その“心を揺り動かすなにか”こそが、
芸術が、そして音楽が、今も私たちに必要とされる理由なのだと思います。


ゴルフ医科学研究所へ

朝一番、昨晩色々あってちょっと寝不足なんですが、クリニックF外来前にゴルフ医科学研究所へ。

今日は香港の超名門コースThe Clearwater Bay Golf & Country Clubをシミュレーションでラウンド。

かろうじて80台でした。

クリアウォーターベイは会員権だけでも1億円以上すると聞いてます。

太平洋クラブ会員のレシプロ契約で回れるんです。いつか行きたいなあ。

https://www.facebook.com/1486146253/videos/pcb.10237863261309133/1200667581330262


休診日は友人たちと箱根へ

休診日は友人たちと箱根へ。

ロマンスカーと西湘バイパスで集合。

昼は芦ノ湖湖畔にてスフレオムライス。

午後はスタインウェイの調律と弾き比べ。

夜は自然薯麦飯と鯵の開き。楽しい1日でした。


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