【量子力学と“引き寄せ”の誤解──なぜこうなったのか】
ここ数年で飲みの席などで、量子力学について勉強したことがあると言う人に会って話を聞くことが続いた。
僕も物理系の博士号(工学)を持ってるので量子力学についてはそれなりの知識はあるけど、そう言う人に話を聞くと、スピリチュアルなエネルギーが引き寄せるとかなんだか不思議な話をされて、全く話が噛み合わない。
僕はスピリチュアルな力の存在を信じるし、そこを否定する気は一切ないけれど、量子力学の名前を使うのはどうなのかなあと思うんですよね。

◆量子力学の本質
1920年代、ボーアたちは「観測するまで粒子は波のように広がっていて、観測した瞬間に一つに決まる」というコペンハーゲン解釈を提唱した。この「観測によって決まる」という部分が一人歩きし、
→「観測」=「人間の意識」
→「人間の意識」=「現実を決める」
という誤解が生まれた。
しかし実際には、量子力学が扱うのは電子や光子などミクロ世界の振る舞いであり、そこに「人間の意識」が直接作用するわけではない。
◆なぜ誤解が広がったのか
1970年代以降、ニューエイジ思想やスピリチュアルブーム、そして2000年代の『ザ・シークレット』などの引き寄せ本が登場した。
量子力学は誰も直感的に理解できないほど難しい。そのため「解釈の余地」が生まれる。難解さゆえに権威を感じやすく、そこに「願望実現理論」を投影すれば、心地よい万能感を得られる。
つまり
「難解さ」
「権威」
「解釈の自由度」
「人間の万能感を満たす構造」
これらが揃っていたから、量子力学はスピリチュアルに利用されやすかった。
◆“観測問題”とデコヒーレンス
1927年のソルヴェイ会議で、ボーアとアインシュタインは観測問題について議論した。ボーアは「観測によって波動関数が収縮する」としたが、現在では「デコヒーレンス理論」により、外界との相互作用でコヒーレンス(干渉性)が失われる過程で決まると考えられている。ここに「人間の意識」は介在しない。
◆多世界解釈という視座
また、「パラレルワールドがある」という多世界解釈(Everett解釈)は、ポピュラーサイエンスでは“夢のある物語”として語られるが、物理学的には“観測結果を分岐として扱う理論的整合性のための仮説”にすぎない。
◆心理学的背景
人間は「自分がこの世界をコントロールしている」という感覚を持つと安心する。だから量子力学という難解で権威ある理論を、「意識で宇宙を動かす」という自己啓発に紐づけたがるのだ。
◆ちなみに量子力学は、
粒子と波の二重性
知り得る限界(不確定性)
存在確率を支配する数式(シュレディンガー方程式)
そして現実が決まる仕組み(観測問題)
という4つの柱で成り立つ。
この不思議で美しい理論が、半導体から生命現象の分子動態、さらには宇宙論にまで応用される。
【1. 波動粒子二重性(wave-particle duality)】
1924年、ルイ・ド・ブロイが提唱した概念。
「電子も光も、粒子として振る舞うと同時に波としても振る舞う」というもの。光はヤングの二重スリット実験で干渉縞を示す「波」の性質を見せながらも、光電効果では「光子」という粒子として働く。同様に電子も、二重スリット実験で干渉縞を作るが、スクリーンには一点一点の粒子として当たる。つまり観測されると粒子、存在としては波。
この二重性が、古典力学では説明できない量子世界の本質。
【2. 不確定性原理(uncertainty principle)】
1927年、ハイゼンベルクが発表。
「位置と運動量を同時に無限精度で知ることはできない」という原理。例えば電子の位置を正確に決めようとすると、運動量(速度や運動の方向)の情報は失われる。逆も然り。これは測定機器の限界ではなく、自然界の根本的制約。このおかげで電子は核に落ちずに軌道上に存在できる(ボーア模型の安定性を量子力学的に保証する)。
【3. シュレディンガー方程式(Schrödinger equation)】
1926年、エルヴィン・シュレディンガーが発表。
量子力学の基本方程式であり、粒子の運動を記述する波動関数(ψ)の時間発展式。古典力学におけるニュートンの運動方程式に相当。波動関数の絶対値二乗(|ψ|²)が粒子の存在確率を与える。この方程式によって、電子軌道や量子井戸、トンネル効果などが理論的に説明可能となった。
【4. 観測問題(observation problem)】
量子力学における最も哲学的問題。
「観測するまで粒子は確率的に存在し、観測した瞬間に一つに決まる」という解釈(コペンハーゲン解釈)。
しかし、
何が観測を引き起こすのか
観測者の意識が必要なのか
環境との相互作用(デコヒーレンス)で決まるのか
これらは現在も議論されている。
シュレディンガーの猫の思考実験は、この観測問題を日常スケールに拡張し、我々の直感との矛盾を示したもの。
◆結論
量子力学とは、あくまで自然界の「計算ルール」を示す数学的フレームワークだ。
そしてこの誤解が世界中で広がる理由。それは我々人間が、“観測者”という立場に酔いたい生き物だからなのかもしれない。