本日の講演。

10年間医療顧問を務めた団体での最終講演。
この分野では国際学会発表11回。英文論文3報。
500名の前でしたが、無事に終了しました。



お花も頂きました。

藤本幸弘オフィシャルブログ
本日の講演。

10年間医療顧問を務めた団体での最終講演。
この分野では国際学会発表11回。英文論文3報。
500名の前でしたが、無事に終了しました。



お花も頂きました。

自由民主党はどういう意図で、1955年に米国に作られたのか?

自由民主党はなぜ米国に作られたのか?
1955–1975年の日本政治──保守合同から列島改造へ
次回の昭和100年史の会(7月23日19時開催)では、1955年から1975年までの20年間を俯瞰する予定である。昭和史を学ぶ上で、この20年は避けて通れない。なぜならここに、戦後日本政治の骨格が築かれ、そして今なお続く「支配の構造」が埋め込まれたからである。
1955年、日本民主党と自由党が保守合同し、自由民主党が誕生した。同じ年、左右に分裂していた社会党も統一を果たし、「55年体制」が成立する。
この体制は、表向きには二大政党制に見えながら、実際には自民党が常に政権を維持する「与党一強構造」であった。社会党は改憲阻止のために3分の1の議席を確保することに満足し、その結果、革新政権誕生の可能性は閉ざされた。
岸信介(1957–60)は、A級戦犯容疑からの復権を遂げ、日米安保条約改定という国家の根幹を揺るがす事業に踏み切る。60年安保闘争は全国を席巻するが、岸は「対米従属からの脱却」という建前の下、条約改定を強行した。その苛烈な手法から「昭和の妖怪」と恐れられた。
池田勇人(1960–64)は、安保闘争で分断された社会を経済成長で癒やそうと「寛容と忍耐」を掲げ、「所得倍増計画」によって国民の心を一気に掴んだ。日本は経済大国への道を駆け上がる。
佐藤栄作(1964–72)は、日韓基本条約締結、非核三原則、沖縄返還と、戦後日本外交の基本線を定めた。だが、これらもまた米国との緻密な事前調整なくしては実現しえなかった。佐藤の政治は、国内安定を最優先しつつ、米国との同盟を最重視する現実主義に徹していた。
1972年、田中角栄が登場する。「日本列島改造論」を掲げ、東京一極集中から全国総合開発へと舵を切る。コンピュータ付きブルドーザーと称された彼は、官僚機構すら呑み込み、政治の頂点から一気に決定を下す強大な執行力を示した。
同年9月には日中国交正常化を実現。台湾との断交という痛みを伴いながらも、戦後アジア外交は新たな段階へ入った。
しかし1973年、オイルショックが襲う。狂乱物価、トイレットペーパー買い占め騒動、戦後初のマイナス成長。高度経済成長の神話はここで潰える。
1974年、田中は金脈問題で辞任。後任の三木武夫(1974–76)は「クリーン三木」として期待されたが、ロッキード事件という巨大疑獄が待ち受けていた。
■55年体制と米国
55年体制の成立過程には、米国の意図が色濃く影を落としている。
冷戦下、米国にとって最大の脅威は日本における社会主義勢力の伸張だった。朝鮮戦争後、東アジアの防波堤として日本を再軍備させ、親米保守政権を安定的に維持する必要があった。
そのため、CIAは日本の保守勢力に資金援助を行い、自由党と民主党の合同を後押しした。保守合同は国内問題であると同時に、ワシントンの希望でもあった。自由民主党はこうして「米国が望んだ反共保守連合」として誕生する。
米国にとって自民党は単なる日本の政党ではない。東アジアにおける自由主義陣営の砦であり、ソ連・中国共産党への防波堤でもあった。
◇結語
1955–1975年。
この20年間に築かれた「親米・経済成長・保守支配」という三位一体の構造は、その後50年にわたり日本政治を規定してきた。
自由民主党とは、単なる政党ではない。戦後日本という国のかたちを決めた、一つの「システム」そのものなのである。
本日午後に講演があるため、クリニックFで朝から最終まとめ中です。

気持ちを上げたくて、朝から『ブルース・ブラザーズ(The Blues Brothers)』のLPを聴いています。最近新しい映画もでましたが、懐かしいですよね。
https://www.facebook.com/1486146253/videos/pcb.10238663161906148/1252145529885986
◆ 概要
1980年公開のアメリカ映画。監督はジョン・ランディス、主演はジョン・ベルーシ(ジェイク)とダン・エイクロイド(エルウッド)。元は『サタデー・ナイト・ライブ』の人気キャラクター企画から発展した映画です。
◆ あらすじ
ある日、釈放されたばかりのジェイクが、弟分エルウッドとともに孤児院を救うべく立ち上がった。彼らは「神の使命(Mission from God)」を受けたと称し、かつてのバンドメンバーを集め、チャリティーコンサートで5000ドルを稼ごうと奔走する。
道中で彼らは警察、カントリーバンド、ネオナチ、果ては市全体を敵に回す。だが、黒いスーツに黒い帽子、黒いサングラスという出で立ちで突き進む彼らの姿は、聖職者にも似た潔さと哀愁を帯びていた。
◆ 音楽と意義
劇中ではアレサ・フランクリン、レイ・チャールズ、ジェームス・ブラウンといったソウル・ゴスペル界のレジェンドたちが本人役で登場し、圧倒的なライブシーンを披露する。映画史上屈指のミュージカル・アク
ションであり、文化遺産と称されることも多い。
◆ コメント
彼らの「神の使命(Mission from God)」という台詞は、科学者や臨床家が自らの研究に没頭するときの自己暗示に通じる。誰もが笑う突飛な目標も、強い信念があれば成し遂げられる──そんなメッセージを、ブルースブラザーズの二人は軽快なR&Bに乗せて届けてくれる。
昨年は地球の反対側のリオに。今年は代々木上空。

◆ 日本再生への小考 ──飛び級と適材適所教育
僕はいつも思う。
日本の教育制度は、まるで“平均”を崇める神殿のようだと。
たとえば飛び級。

小学校高学年の数学が理解できた子供が、中学校や高校内容に進むことは、本来当然の理(ことわり)だ。だが日本では、それが許されない。文部科学省はこれまで部分的に制度化を検討してきたが、結局は「全人的成長」を錦の御旗に棚上げされることが多い。
しかし米国、英国、シンガポール、中国など、教育先進国や経済成長国の多くは、飛び級で知的資本を最適化している。才能ある若者を社会に早く送り出すことで、技術革新のリードタイムを短縮する戦略だ。
一方で、日本には「英語教師=英語が不得手でも教職課程で免許が取れる」という奇妙な構造が残る。母語話者やネイティブレベルのスピーカーが非常勤で補佐するに留まり、英語を話せる人を教師にする逆転の発想は未だ制度化されていない。
そして何より、
交渉を教育する
この視点は、恐ろしく日本のカリキュラムから欠落している。外交でも経済でも交渉は避けられないスキルだが、学校教育で学ぶ機会はほぼ皆無に近い。むしろ謙譲や忖度こそが美徳と教えられる。
もしも。
飛び級で才能ある子供を伸ばし、英語が話せる人を英語教師に据え、交渉ができる人材を幼少期から育成したら。
日本は再びアジアにおける技術と経済と文化のハブとなり得るのではないか。
時折、そんな夢想をしてしまう。
(了)