【新国際学会周遊記──科学と文化をまとった薔薇】
昨日は、経営者仲間の集まりに参加しました。
虎ノ門ヒルズの会場は、窓の外には東京タワーの夜景が広がる、日本一素敵な社員食堂との事でしたが、本当に素晴らしい。
席についてほどなく、自己紹介の流れである社長がこう話し始めました。
「うちは食用薔薇の商材を扱っていまして……」
その瞬間、僕の中である記憶が鮮やかによみがえりました。
以前に僕の著作を担当してくれた編集者さんが、薔薇の持つ魅力と効能について、打ち合わせのたびに熱く語っていたのです。
彼女はよく、「薔薇は香りと色彩の中に、科学と文化が同居している稀有な植物なんです」と言っていました。
男女問わず、豪華な薔薇をもらって喜ばない人はいないでしょう。
目に映る花弁の重なり、指先に触れる繊細な質感、そしてふと鼻腔を満たす甘く深い香り。
そのすべてが人の感覚を静かに、しかし確実に揺らします。
そしてこの「揺らぎ」には、明確な科学的理由があります。
■ 嗅覚が脳を動かす仕組み
香りは五感の中でも特別な位置を占めています。
視覚や聴覚は必ず大脳皮質を経由して情報処理されますが、嗅覚は異なります。
鼻腔の奥にある嗅上皮からの信号は、直接大脳辺縁系──特に扁桃体や海馬──に届きます。
これは感情や記憶を司る領域であり、香りをかいだ瞬間に懐かしさや安堵感がよみがえるのは、この直結構造のおかげです。
薔薇の香りには、ゲラニオール、シトロネロール、ネロールなどの芳香成分が含まれています。
これらは脳波のα波を増やし、副交感神経を優位に導きます。
ストレスで高まった心拍や呼吸を落ち着かせ、全身をリラックス状態へと誘うのです。
さらに、嗅覚刺激は視床下部を経由してホルモン分泌にも影響し、女性ホルモンのバランスを緩やかに整えることが知られています。
そのため、月経前の不安感や更年期の揺らぎに悩む女性にとって、薔薇の香りはまさに「香る処方箋」とも言える存在です。
■ 花色が教える成分のサイン
薔薇のもう一つの魅力は、視覚を通して伝わる色彩のメッセージです。
科学的に見れば、花の色は含まれる色素とポリフェノールの組成を示す“生化学的サイン”です。
濃紅・深紅の薔薇
アントシアニン(シアニジン、ペラルゴニジン)が豊富で、強い抗酸化力を持ちます。細胞を酸化から守り、毛細血管を健やかに保ち、肌の赤みやむくみの軽減にもつながります。
淡いピンクや白の薔薇
フラボノイド(ケルセチン、カンフェロール)が主体で、美白作用や抗炎症作用が特徴です。肌の色調を均一にし、紫外線や環境ストレスによる炎症を和らげます。
黄色の薔薇
カロテノイド(ルテイン、ゼアキサンチン)が多く、特に眼の黄斑部を光ストレスから守ります。スマートフォンやPCを日常的に使う現代人にとって、目の健康維持に貢献します。
つまり、花色は単なる装飾ではなく、体に与える恩恵を暗示する“天然のラベル”なのです。
■ 食用としての歴史と多様な形
薔薇は観賞用の花としてだけでなく、古くから食用としても世界中で愛されてきました。
ペルシャやトルコではローズウォーターが日常生活に溶け込み、デザートや飲料、医療用として広く利用されてきました。
ヨーロッパではジャムやシロップに加工され、甘味と香りを楽しむと同時に、抗酸化成分を摂取する手段としても親しまれました。
現代でも、食用薔薇は様々な形で私たちの食卓に彩りを添えます。
乾燥花弁を使ったローズティーは、穏やかに心を落ち着け、消化を助ける効果があります。
砂糖漬けやドライフラワーは、ケーキやチョコレートの装飾に添えるだけで、特別な一皿へと変えてくれます。
ローズシロップやローズジャムは、トーストやヨーグルトに加えるだけで香りと健康効果を楽しめます。
■ 文化が作る香りの意味
科学が成分や作用を解き明かす一方で、文化は香りに物語を与えてきました。
ヨーロッパでは「愛の花」として、プロポーズや記念日に欠かせない存在。
その象徴性は中世から現代に至るまで受け継がれています。
一方、中東では「医の花」として、香料や薬としての歴史が深く、ローズウォーターは胃腸の薬にも鎮静剤にもなりました。
香りは、土地ごとに異なる意味を持ちながらも、人の感情と身体に寄り添うという点で共通しています。
一輪の薔薇は、時に愛を伝えるメッセージであり、時に癒しの処方であり、そして時に人生の節目を飾る象徴なのです。
■ 科学と文化が重なり合う瞬間
薔薇は単なる装飾品でも贅沢品でもありません。
それは、感覚と科学、文化と歴史を同時に運ぶ「生きたメッセージ」なのです。
一輪の薔薇に触れるとき、私たちは無意識のうちに、その深い背景すべてを受け取っている。それらすべての背景には、何世紀もかけて築かれた文化の物語があります。
■ 不可能と言われた青い薔薇
そして、薔薇の歴史において、もうひとつ忘れてはならないエピソードがあります。
それは「青い薔薇」の誕生です。一般的に自然界の植物の花の色が、三原色を全て揃える品種はないとされています。
自然界の薔薇には、本物の青色を発色するための遺伝子──デルフィニジン合成遺伝子──が存在しません。
そのため、青い薔薇は「存在しない花」とされ、長く“夢”や“不可能”の象徴でした。花言葉も「不可能」「叶わぬ願い」だったほどです。
しかし2004年、日本のサントリーとオーストラリアのバイオ企業が共同で、バイオテクノロジーを駆使してデルフィニジンを合成する遺伝子をペチュニアから導入し、ついに青色の色素を持つ薔薇の作出に成功しました。
この技術は、花色を司るアントシアニン合成経路を分子レベルで解析し、必要な酵素を他種から組み込むという高度なものでした。
もちろん、自然の空のような鮮やかなブルーではなく、やや紫を帯びた淡い青色でしたが、それでも「不可能」を「可能」に変えた瞬間でした。
そして、花言葉も「夢 かなう」へと変わり、科学が文化の象徴までも塗り替えた事例となったのです。
終わりに
もう30年近く前になりますが、僕は今でもメンターとして尊敬する経営者に、「藤本、お前は華やかに生きろ」と言われた事があります。人生で幾つか選択肢を与えられた時には、より華やかな方を選ぶ様にしてきました。
思えば「華やかに」という言葉は、そのまま「薔薇の似合う」に差し替えても良いぐらい意味が合致しますね。今後も華やかに生きようと思います。笑




