マンゴー、パイナップル、バナナのドライフルーツ。
栄養素は満点で、良い食材ですよね。


コストコ限定販売で、名付けて「博士のマンゴー」、「博士のパイナップル」、「博士のバナナ」なのですが、実は友人企業社長さんに頼まれて僕が監修しています。
でもまだコストコに行った事がない!今度行きます。
藤本幸弘オフィシャルブログ
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【新国際学会周遊記──四つの脳と五感、そして肌で聴く音楽】
昨日のサカナクションのコンサートは、元々Kアリーナという音響の良いホールで開催されただけでなく、加えられたスピーカーやウーハーなどの音響効果が素晴らしく、その振動が22000人の身体に吸い込まれていくという、まさに全身の肌が震えた演奏体験でした。
音楽は可聴領域だけではなく、それよりも高音と低音は肌の数多くの種類のレセプターによって感知されています。イヤフォンよりもヘッドフォン。スピーカーよりも生演奏の方が心地良いと思うのは、脳科学的、医学的に考えても理に適っているのです。
僕の過去の著作の「音楽は名医」やヤマハ出版の「聴くだけでスッキリ痛みがとれる!」
ユニバーサルミュージック社の
医学博士 藤本幸弘氏監修!
「藤本先生の聴くだけでスッキリ!」シリーズ
医学博士 藤本幸弘監修! 「藤本先生の聴くだけでスッキリ」シリーズ
などにもふれてきましたが、音楽が脳と身体に与える影響について少しまとめようと思います。

私たちの脳は、一枚の大きな岩のように単純なものではありません。進化の歴史をたどると、まるで地層のように幾重にも重なった構造が見えてきます。僕はこれを便宜上、「爬虫類脳」「動物脳」「人間脳」「運動脳」の四つに分けて考えています。
最も古い層である爬虫類脳は、呼吸や心拍、体温調節といった生命維持のための自動操縦を担います。
その上に動物脳が重なり、好き嫌い、怒りや喜び、悲しみといった感情を演出します。
さらに外側には人間脳が広がり、論理・言語・抽象思考、そして芸術の創造を可能にしました。
そして脳全体を包み込むように働くのが運動脳。小脳や運動野を中心に、身体を楽器のように精緻に操り、スポーツや舞踊、演奏といった「動作の美」を形にします。
こうした四つの層が重なり合うことで、人間の複雑な営みが形づくられているのです。
では、この四つの脳に火をつけるのは何でしょうか。そのひとつが五感です。
視覚は美しい絵画を前頭葉で処理し、創造性を刺激します。聴覚は旋律を介して扁桃体を揺さぶり、涙や高揚感を呼び起こします。嗅覚は海馬と直結しており、香りが鮮明な記憶をよみがえらせます。味覚は報酬系を介して幸福感を与え、
触覚は痛みや不安を和らげます。実際に、誰かと手を握るだけで安心感が得られるのは、触覚刺激が脳の不安回路を抑制するためであることが示されています。
こうして五感は、それぞれが異なる音色を四つの脳に響かせるオーケストラのような存在です。私たちは日々、この交響曲に包まれて暮らしていると言えるでしょう。
◆音楽──四つの脳を同時に演奏する芸術
この五感を統合する最も力強い手段のひとつが音楽です。
太鼓の低音とリズムは爬虫類脳に届き、生命の鼓動を呼び覚まします。ヴァイオリンの旋律や美しいメロディは懐かしい香りは動物脳を震わせ、深い感情を呼び起こします。バッハのフーガのような秩序立った和声、ハーモニーは、人間脳に理性と抽象の快感を与えます。そしてピアニストの指のしなやかな動きやバレリーナの跳躍は、運動脳の緻密な協調の結晶です。
音楽はまさに「四つの脳を同時に演奏する芸術」なのです。
◆肌で聴く音楽──可聴域を超えて
さらに驚くべきことに、私たちは耳で聴こえる範囲の音だけを受け取っているのではありません。
20Hz以下の低周波、いわゆるインフラサウンドは耳ではなく皮膚のメカノレセプター──特にパチニ小体が反応し、胸や肌に震えとして感じられます。
一方、20kHzを超える高周波音は「ハイパーソニック効果」と呼ばれ、脳血流や脳波に影響を与え、無意識のうちに快感や集中をもたらすことが知られています。
皮膚は「もうひとつの耳」であり、音楽とは耳だけでなく全身で浴びる体験なのです。
結び
人間は理性だけで生きる存在ではありません。
本能・感情・理性・運動という四つの脳、そして五感や肌で聴く音楽が織りなす交響曲によって、私たちは「生きている実感」を得ているのです。
サカナクション「怪獣2025」追加公演。



22000人満員のKアリーナに身を置き、山口さんの音作りにただただ圧倒されました。
涙が自然に溢れるほど、天才的なサウンドデザイン。
とにかく音圧がすごい。
「どうしてこんなに凄まじいのだろう?」と不思議に思いましたが、公演後に舞台上を見て納得。

そこにはスピーカーとウーハーが驚くほどの数で設置されており、圧巻の光景。
ウーハーだけでも15台並んでいました。

初日終了後には、仲良しの辻先生と二人で楽屋を表敬訪問。
山口さんを挟んで、感激の気持ちを直接お伝えすることができました。
(※掲載している写真は、山口さんご本人から掲載許可をいただいています)
【新国際学会周遊記──HealthとMedicalのはざまで】
未来医療が見据えるもの
近年の医療は、AI・ゲノム解析・デジタルヘルスの進歩によって大きな転換期を迎えています。AIは膨大なデータを解析し、従来の医師が見落としがちなパターンを提示します。腫瘍学の分野では、AIによる画像診断が専門医に匹敵する水準にまで達しました。
またゲノム医療の発展により、「万人に一律の薬」ではなく「遺伝子変異に応じた治療」が現実化しています。これは「Medical」が「Health」の側に歩み寄る大きな動きであり、部分最適から全体最適への道筋を示しています。
さらにAIは「病気を治す」だけでなく「健康を維持する」方向に使われ始めています。ウェアラブルデバイスが睡眠や心拍、運動データを蓄積し、未病の段階での介入を可能にしているのです。これにより、患者自身が主体的に「Health」をデザインできる未来が開けています。

◆日本文化と健康観
こうした潮流は、日本文化の中に脈々と受け継がれてきた「全体性の健康観」とも響き合います。江戸時代の『養生訓』(貝原益軒, 1713)は、心身の調和と節度ある生活を通して「未病」を防ぐことを説きました。東洋医学は「気・血・水」のバランスを重視し、西洋医学の「部分治療」とは対照的に全体性を追求してきました。
この視点は現代のアンチエイジング医療とも共鳴します。美容医療やサプリメントは単に外見を整えるだけでなく、自己肯定感の回復、社会的活動性の向上、精神的な充実感へとつながる──すなわち「Health」を支える全体性に作用しているのです。
◆医学史における「治療」と「健康」
一方、歴史を振り返ると、医学は常に「病気を治すこと」に集中してきました。古代ギリシャのヒポクラテスは病気の原因を自然に求め、治療を自然治癒力の補助と考えました。近代に入るとデカルトの心身二元論が登場し、身体は機械として扱われ、解剖学・外科手術・麻酔技術といったMedicalの発展を促しました。
しかしその過程で「健康の全体性」は切り落とされました。病巣を切除しても心が病んでいれば健康ではない。孤独や不安が癒されなければ回復は不完全です。こうした気づきから20世紀には「QOL(生活の質)」という概念が生まれました。
◆Medicalは部分最適、Healthは全体最適
例えば、がん治療のガイドラインは「病期」に応じた標準治療を示し、科学的には合理的です。しかし現場では副作用に苦しむ人、経済的に治療を継続できない人、宗教的理由で治療を選ばない人が存在します。
その「個別性」に寄り添うためには、医学だけでなく心理学、社会学、宗教や哲学の視点が不可欠です。
ここで重要なのが「Spiritual(霊的)」な次元です。欧米では緩和医療にスピリチュアルケアが導入され、患者の苦痛緩和に寄与しています(Balboni T, JAMA 2013)。日本ではまだ制度化が十分でないものの、死生観や宗教観が患者のQOLに深く影響することは臨床の実感として強くあります。
◆アンチエイジング医療の挑戦
私自身の実践するアンチエイジング医療も、まさに「Medical」と「Health」の橋渡しです。
レーザー治療やEBMD (Energy Baced Medical Divice)治療、NMN、プロテオグリカンなどは明らかにMedicalの側に属しますが、その先には「自信の回復」「社会参加の促進」「生きる意欲の再生」といったHealthの領域があります。
実際、NMN研究では毛髪や肌の改善に加え、自己評価の向上や疲労感の軽減が報告されました。ここに、MedicalがHealthへと接続する可能性を見ます。
結語──二つの円のあいだで
結局のところ、MedicalはHealthの一部に過ぎません。しかしMedicalを否定するのではなく、それを基盤にしながらHealthをどう構築するかが現代医療の課題です。
医師は、顕微鏡のように一点を深く覗き込む視点と、望遠鏡のように全体を俯瞰する視点の両方を持たなければなりません。
そのバランスこそが、患者を「病人(Patient)」から「生活者(Person)」へと戻す鍵となるのです。
白と黒の二つの円は対立しているのではなく、補完し合う存在。
AIやゲノム解析といった未来技術、そしてアンチエイジング医療は、その二つをつなぐ架け橋として、私たちに新しい医療の地平を示しています。
【新国際学会周遊記──祈祷からマインドフルネスへ】
祈祷が担った治療の全体性
医学が科学として成立する以前、人々は病を「自然」と「超自然」の双方と結びつけて理解していました。古代ギリシャのアスクレピオス神殿では、病者が神殿にこもり、夢の中で神から治療法を授かる「夢療法」が行われていました。祈りは治療の一部であり、宗教と医療の境界は存在しませんでした。
中世ヨーロッパでも、教会が医療を担い、祈祷や聖遺物への信仰が癒しをもたらすと考えられていました。同じく日本でも、真言密教の加持祈祷や修験道の呪法が病を癒す手段とされ、『平家物語』には病にかかった平清盛に高僧が祈祷を行った記録が残っています。
ここで注目すべきは、祈祷が単なる「精神的慰め」ではなかったことです。祈祷は身体・精神・社会・自然を統合する包括的な医療であり、病者を共同体の中に再統合し、安心を与える「儀礼」でもありました。

◆科学化と祈祷の切り離し
近代以降、解剖学や病理学の発展によって病気の原因が可視化されると、祈祷は「非科学的」として医学から切り離されました。デカルトの心身二元論がこの傾向を強め、医学は「物質としての身体」に集中するようになります。
この結果、手術や麻酔など具体的な進歩は飛躍的に進みましたが、祈祷が担っていた「心や社会、自然との関係性」が医療から欠落しました。つまり、Medicalの精密化と引き換えにHealthの全体性が失われたのです。
◆科学による再評価
しかし21世紀の今、かつての祈祷的実践が科学の言葉で再評価されつつあります。
祈りや瞑想が免疫反応や精神安定に寄与すること
音楽が脳波や自律神経に影響を与えること
儀礼やプラセボ効果が実際に脳内の神経伝達物質を変化させること
自然接触(森林浴)がストレスホルモンを下げ、免疫能を改善すること
これらは、祈祷が担っていた要素を科学的に言い換えたものにほかなりません。
◆現代に受け継がれる祈祷の役割
祈祷の多層的な側面を現代に当てはめると、次のように整理できます。
祈祷の音楽や読経 → 音楽療法・アートセラピー
祈りや瞑想の実践 → マインドフルネス・瞑想療法
宗教的支えや死生観 → スピリチュアルケア
共同体的な包摂 → 患者会・ソーシャルサポート
自然聖地での儀礼 → 環境療法・森林浴
つまり祈祷は姿を変え、科学と臨床の衣をまとって現代に蘇っているのです。
◆アンチエイジング医療との接点
私自身のクリニックでも、クラシック音楽を流して治療中の患者をリラックスさせています。これは祈祷そのものではありませんが、「心を安らげる環境が治療効果を高める」という点で共通しています。
アンチエイジング医療が目指すのは、単なるシワ取りや肉体の若返りではなく、「気持ちの若返り」や「生きる意欲の再生」です。ここにはまさに、祈祷が担っていた「全体性の回復」が現代医療の形で受け継がれていると言えるでしょう。
結語──祈祷と未来医療のつながり
祈祷は過去の迷信ではなく、全人的な治療のプロトタイプでした。科学の発展はそれを一度切り捨てましたが、心理学・神経科学・免疫学の進歩が再びその価値を明らかにしています。
祈祷の「共同体性」は社会疫学に
祈祷の「芸術性」は音楽療法やアートセラピーに
祈祷の「儀礼性」はプラセボ研究に
祈祷の「自然性」は環境医学に
こうして祈祷の遺産は、現代の医療の中で科学的に再構築されつつあります。
未来の医療は、祈祷と科学をつなぎ直すことで、再び「MedicalとHealthの全体性」を取り戻すことになるでしょう。