新国際学会周遊記──日本医療のパラドックスと2040年の行方
医療政策を語るとき、必ず浮かび上がる三つの要素があります。コスト(費用)、アクセス(受療しやすさ)、クオリティ(質)。この三つを同時に満たす「理想の医療制度」は、残念ながらどの国にも存在しません。
なぜなら、一つを充実させれば必ず他のどれかにしわ寄せが生じるからです。低コストを追えば質が下がり、質を高めれば費用がかさむ。アクセスを広げれば、医師や病院に過重な負担がのしかかる。いわば“三角形のジレンマ”は医療システムにおける普遍の法則なのです。
例を挙げると米国はコストを犠牲にして、お金さえ払えば、アクセス良くクオリティの高い医療を受ける事ができました。サッチャー政権下のイギリスは、医療費を削減したがためにアクセスが低下して、がんの手術待ちの期間が一年を超えるような状況になりました。
この観点から見ると、日本の医療は非常にユニークな位置にあります。世界最長の平均寿命を誇りながらも、医療費はGDP比で欧米並みに膨張し、病院の待合室はいつも混雑している──その姿は「長寿の成功」と「制度疲労」の同居にほかなりません。
◆健診のビジネス化
日本では人間ドックや健診センターが林立し、健康診断は「安心を買う消費行動」となっています。必要以上に細分化された検査やオプションは個人の不安を巧みに取り込み、巨大な市場を形成しました。
欧州では公的制度が最低限の検診をカバーし、米国でも保険者が費用対効果で検査範囲を制御します。対照的に、日本は「検査そのもの」が産業化し、健康不安を経済へと変換しているのです。
これが実際の病気を抑制しているならともかく、世界で最も健診を行っている日本では、先進国で唯一癌による死亡率が増加している事実はきちんと検証すべきだと思います。老衰時に幾つかのがんを持って亡くなる人はたくさんいます。
◆フリーアクセスの功罪
紹介状がなくても誰でも大病院にかかれる。これは日本の誇る「自由」として評価される一方、軽い風邪や頭痛の患者までもが大学病院の外来に押し寄せ、本来重症患者を診るべき医師の労働を圧迫します。
結果として「待ち時間三時間、診察五分」という非効率が生まれるのです。欧州ではGP(家庭医)がゲートキーパーとして機能し、米国でも保険制度が受診経路を管理します。世界がプライマリケア重視へ移行する中、日本は病院集中型を続ける稀有な国です。
◆薬剤消費の異常な多さ
人口のわずか2%しかいない日本が、世界の薬の3〜4割を消費しています。
高齢化と多剤併用が背景にあるとはいえ、感冒薬や抗菌薬といった「本来セルフケアで済む」領域まで過剰に処方されるのが現実です。薬をもらうこと自体が「安心の儀式」として根付いてしまい、薬剤費は年間6兆円規模に膨れ上がりました。
欧州では風邪は家庭で休養が常識で、米国でも抗菌薬の乱用はガイドラインで厳格に制御されています。日本は「薬を出すこと=医療行為」という文化が根強く、消費量の突出につながっているのです。
◆結び──「不安を癒す社会装置」としての医療
こうして並べると、日本の医療は病気を治す仕組みというより、「国民の不安を鎮める社会装置」として機能していることが見えてきます。健診は健康不安を市場に転換し、フリーアクセスは安心を保証する制度となり、薬は日常不安を和らげる象徴となったのです。
コスト・アクセス・クオリティの三角形を完全に満たすことは不可能ですが、日本は「安心の最大化」という独自の戦略を選んだともいえるでしょう。その果実が「世界一の長寿」であると同時に、その負担が「制度疲労」として現れている──これこそが、日本医療のパラドックスなのです。

◎2040年への展望──次の医療モデルは?
では、このパラドックスは未来にどう展開するのでしょうか。2040年、日本の高齢化率は約35%に達し、医療費は今よりさらに膨張することが予測されています。そのとき必要とされるのは、次の三つの転換です。
▪病院中心から地域・在宅中心へ
入院ベッドを減らし、訪問診療・在宅看護・地域包括ケアを軸にシフトする。
▪薬から予防・データヘルスへ
ポリファーマシーの抑制と同時に、ゲノム解析・AIによる予測医療を導入し、「出す医療」から「予防する医療」へ。
▪フリーアクセスから“安心の設計”へ
病院の自由受診を制限するのではなく、デジタル診療・遠隔医療を組み合わせ、「患者の安心」を担保しつつ効率的な受診経路を設計する。
個人的な意見を言えば、単に命を維持するだけの高額医療費と、風邪などの軽い症状での受診をやめるだけで、多くの医療費が削減されます。
今の医療制度では、患者さんが亡くなる半年の間に3000万円もの金額が使われてしまうこともある様です。平均寿命を超えたのちには、健診を辞める。または欧州の幾つかの国の様に社会保険の支給を辞める。
一方で小児医療や少子化対策、不妊治療などに予算を大きく振り分ける。こうした判断も必要ですよね。
▪最後に──問いかけと提言
「医療は病を治すためだけにあるのか。それとも国民の不安を癒すためにあるのか。」
日本の医療は長寿という果実を得る一方で、制度疲労という副作用に直面しています。2040年を見据えるならば、私たちは“安心”という文化的価値をどう維持し、どう再設計するのかを考えなければなりません。
提言するならば──「安心の最大化」から「健康寿命の最大化」へ。これが次の日本医療モデルへの道筋でしょう。