新国際学会周遊記──藤田真央君のラフマニノフ・ピアノコンチェルト第2番と「共振」の夜
どえらい演奏を聴いてしまった。
本当に、そうとしか言いようがない。

ミラノ・スカラ座フィル来日と巨匠のタクト
登場したのは、世界最高峰のオペラの殿堂──ミラノ・スカラ座フィルハーモニー管弦楽団。
タクトを取るのは巨匠チョン・ミョンフン。スカラ座の伝統を知り尽くしながら、音に自在な表情を与えていく指揮ぶりは、やはり圧巻であった。
この日のソリストは藤田真央君。
2020年に開催した「音楽は名医」で、僕が指揮をした際に、まだここまで世界的に著名ではなかった真央君に、ソリストをお願いし、ご縁で受けていただいたことがある。才能がずば抜けていると感じたからだ。
僕の人生を振り返ったとき、間違いなく大きなハイライトの一つとなる経験になると思う。
しかしながら、その後の彼の進化は驚異的だ。
同じラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。プロのピアニストでさえ楽譜通りに弾くのが難しい難曲中の難曲を、真央君は軽やかに、しかも一音ごとに豊かな表情を刻んでいく。
冒頭の和音から音が違う。響いた瞬間に心臓を直撃する衝撃を覚えた。
特に第二楽章のカデンツァ終わりに置かれた長い沈黙──その間合いから再び音楽が流れ出す瞬間の美しさは忘れがたい。
間違いなく、今この世界で聴ける最高水準のラフマニノフではないだろうか。

◆脳科学から見た「共振」
音楽を聴くとき、僕たちの脳は単に音を処理しているのではない。
前頭前野や辺縁系といった“動物脳”が互いに共鳴し、情動や記憶へと広がっていく。つまりコンサート会場は、音を媒介にして観客同士の脳がシンクロする「共振の場」となるのだ。
実際、演奏会のクライマックスでは観客同士の脳活動が同期することが脳波研究でも報告されている。この夜、真央君の演奏は、その現象をまざまざと体感させてくれた。
◆スカラ座フィルの伝統と響き合う心
ミラノのスカラ座を出てガレリアを歩き、ドゥオーモ広場に出たときの空気感──その記憶が蘇る。
スカラ座フィルのアンサンブルには、オペラに根ざした色彩感と、代々受け継がれた精緻な統率力が息づいている。目を瞑ると、ここはすでに日本ではなかった。チョン・ミョンフンのタクトに応えて、絹糸のようにしなやかに変化する音色が、ホール全体の心をひとつにまとめていった。
◆プログラムの流れとアンコールの妙
演奏会はヴェルディ《運命の力》序曲で幕を開け、真央君のラフマニノフで僕は完全に打ちのめされた。放心して立ち上がることもできないほどだった。
後半はチャイコフスキー《悲愴》。
かつて小林研一郎が「悲愴の後にアンコールはできない」と語り、静かに演奏会を閉じたことを思い出した。さもありなん、と思っていたのだが、この日は違った。
まずはマスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》間奏曲の美しい調べ。
なんて素晴らしいアンコールだと思ったら、指揮棒が再び上がる。
最後を飾ったのはロッシーニ《ウィリアム・テル》序曲。
重苦しさを吹き払い、会場は光に包まれて終演した。
◆忘れられない共鳴体験
藤田真央君のラフマニノフ第2番は、名演を超え、聴衆の脳と心をも響き合わせる「共振」の体験だった。
2020年に共演したときの彼の演奏を思い出しながら、その後の次元の違う成長を心から嬉しく感じた夜。
この日のチケットは約4万円だったにもかかわらず、全席完売。凄い事だなあと思っていたら、終了後にはたった4万円で、なんて素晴らしい体験をさせて頂けたんだと心から感謝しかなかった。
真央君のコンチェルトのチケットの価値を考えると、間違いなく近いうちに10万円超えると思う。この価格帯で聴けるうちに、一回でも多く聴こうと心に決めた日でもあった。
音楽と脳科学が交差する地点で、改めて「芸術は人を生かす力を持つ」と確信できる──そんな忘れられない日であった。








