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上原彩子のラフマニノフ

先日から書き始めたレーザーの歴史シリーズの中で、ちょっと閑話休題、音楽の話です。

上原彩子は2002年の第12回チャイコフスキー国際コンクールで、女性として、そして日本人として初めてピアノ部門の第1位に輝いたまさにクラシック界の天才です。

このコンクールで 弾いたラフマニノフの”パガニーニの主題による狂詩曲”は、今まで聞いたCDの中で最も素晴らしい演奏で、スタジオではなく、コンクールの演奏と言うのが信じられないぐらいの演奏でした。

何度も聞かせてもらいましたよ。

今日、横浜のみなとみらいホールでロシア・ナショナル管弦楽団とのカップリングで、ラフマニノフのピアノ協奏曲三番の演奏会があったので、ほぼ1年ぶりにコンサートに行って来ました。

ラフマニノフのピアノ協奏曲3番は、僕が多分千回以上聞いている、最も好きなクラシックの曲の1つなのですが、技巧と表現力に長ける上原彩子さんのカップリングは本当に楽しみでした。

いやしかし、今回の演奏は、聴いていて涙が出るぐらい感動しました。なんというか、適切な言葉がまったく思い浮かばないのですが、彼女は日本の宝ですね。

技術力を持った演奏家は今までにもいましたが、あの表現力は、トリノで金メダルを取った荒川静香さんのスケートの演技に匹敵するような、聴衆を引き込む吸引力を持っていました。皆さん本当にお勧めです。


レーザーの歴史 その五 スキンリジュビネーション(肌質の若返り)のためのレーザー

スキンリジュビネーション(肌質の若返り)のためのレーザー

もともとレーザー光線には、肌の下のメラニンやコラーゲン、ヘモグロビン、水に作用する効果があります。IPLが開発されて、施術後すぐにメイクをして帰れるという「non-ablative skin resurfacing」の治療が始まって以来、レーザーを低いパワーで顔全体に照射することで、スキンリジュビネーション(肌質の若返り)を行なう治療が始まりました。この治療法は、Laser facial と呼ばれています。

Laser facialは通常のシミを取るレーザーに比べて低出力ですが、顔全体に数百ショットの照射を施すことで、痛みなく肌の茶色いシミや赤みが減少し、さらにテクスチャーでも「肌の張り」が出るため、非常に人気のある施術になりました。CUTERA社のジェネシスや、CYNOSURE社のEliteなどを使用したロングパルスのレーザーフェイシャルは定評があります。

2002年にJMEC社が日本にディストリビュートしたMAX engineering(現Lutronic)社のQスイッチNd:YAGレーザーであるSPECTRA VRM を使用し、マックスピールと呼ばれる黒いカーボンローションを使用したレーザーピーリングを紹介しました。

この手法はGoldberg Dermatol Surg という雑誌に2001年に発表した方法を参考に開発されました。当初は世界的なスタンダードだったQスイッチNd:YAGレーザーはHOYA社のMEDLITEという製品でしたが、もともと、QスイッチNd:YAGレーザーはアメリカで刺青をとるために開発されたものでしたので、それに適したように、安定した出力と5mmのスポット径、さらにビームプロファイルが山のような形をしたガルシアンと呼ばれるモードになっていました。

レーザーピールという観点では、SPECTRA VRMには、MEDLITEを上回る性能が二つありました。ひとつは照射径の大きさが大きいこと。もう1つはレーザーのビームプロファイルがトップハットと言われる出力が均等なものであることでした。

レーザーのスポット(照射半径)に必要なエネルギーは、その半径の二乗に比例します。すなわち、7mm の径と5mmの径で、同じパワーの出力を求めたい場合、半径を二乗しますと一方では7×749 5×5255mm径を7mm径にするためには機械的には、ほぼ倍(2549に)の出力を持つ製品でなければならなかったのです。SPECTRA VRMは当時のQスイッチNd:YAGレーザーとしては珍しく、7mmの径の照射が可能でした。同時にレーザーのビームプロファイルも、先端のパワーが均一のトップハットのものでした。

このレーザーは当時としては「なすすべがない」と言われていた毛穴の治療に効果があったためマックスピールの名前で広まり、私も何編か論文を書かせていただきました。


レーザーの歴史 その四 IPL(フォトフェイシャル)の登場

画期的な色彩的老化(シミ、くすみ)の治療法 

IPL(フォトフェイシャル)の登場

1999 シモン=エックハウスが提唱した光治器=intenced pulsed lightフォトフェイシャルが米国ルミナス社で発売されました。 レーザーのような単一波長ではな く、カメラのフラッシュに似た、ある程度の光のバンドを持った治療器です。照射直後からメイクができるというコンセプトの元、かさぶたを作らないノンアブレイティブ治療というあらたな概念を作り、日本でも一世を風靡しました。

いわゆる「フォト治療」や、「フラッシュランプ治療」というのはこのIPLを指します。フォトフェイシャルというのは、戦闘機の塗装をはがすために発明された軍事機密の一つだと聞いたことがあります。戦闘機やジェット機は機体が大きいため、塗料の重さもずいぶんと多くなってしまうようなのです。当初この治療機が紹介された時は、医師の間では全く効果がないといわれていましたが、効果は医師ではなく世の中が判定します。エックハウスはこの発明によりビリオネアになりました。

2002年には、オーロラ(現e-light SR)という、IPLの技術と双極RF(後述)技術を合わせたイスラエルのシネロン社elosシステムが開発されました。

シネロン社のオーロラ(Aurora) は、シモン=エックハウスが技術者 としてスピンアウトし、カルフォルニア州の開業医であるパトリックビターJr.医師が開発にか関わりました。私自身も日本におけるもっとも初期のオーロラユーザーの一人ですが、シミだけが浮き上がり、ぼろぼろととれてしまう仕組みに感動し、患者さんにより満足できる施術が開発されたと、感心しました。日本では300台以上が売れたヒット商品となりました。

光治療機はシミを消すために様々な機器が開発されてきましたが、2004年にシネロン社から発表されたオーロラプロ(スーパーオーロラ、オーロラ SRAともいわれます)は、それまでのオーロラの波長を100nm紫外線域に振り、パルス幅を半分にすることで、シミへの効果をあげたものでした。今までのオーロラを“やすり”と表現すれば、オーロラプロは“ナイフ”のようにシミを切り取る効果がありました。使用方法に気をつけなければ、火傷のリスクも上がるのです。今までのオーロラでは取れなかったシミが浮かびパラパラと落ちていく様は、まさに驚きでした。

ちょうど同じころ、カルフォルニアのCUTERA社ではアキュチップ(AcuTip 500)という直径6.35mmのチップを使用したフラッシュランプのシミ治療器を開発しました。小さい径ですが、非常に切れ味のよく、使いやすい治療機となりました。

2006年には同じCUTERA社よりライムライト(LimeLight)という光治療機が登場しました。この治療機は、520-1100nmという、赤いヘモグロビンにも、茶色いメラニンにも反応する波長を使用し、より改良したIPL です。

 

オーロラ(現e-light SR)、オーロラプロ(現e-light SRA)、ライムライト、アキュチップは、それぞれ効果も得意とする分野も違います。患者さんのシミの特性を見ながら、それに合った施術を選択する必要があるのです。

クリニックFは、色素系疾患へのアプローチとしてオーロラ(現e-light SR)、オーロラプロ(現e-light SRA)、ライムライト、アキュチップのすべてが選択できる数少ないクリニックとなっています。


レーザーの歴史 その参 あざやほくろに効くレーザーの登場

あざやほくろに効くレーザーの登場

レーザー光線は、波長によって肌の下で反応する物質が変わる・・・という話はロックス=アンダソンによって指摘されましたが、肌の下の組織は、水・メラニン・ヘモグロビン・タンパク質の4つになります。 脱毛レーザー開発とほぼ同じ時期Photo_6 に、あざやほくろをとるためにメラニン吸収を主体にしたレーザーが開発されました。

主に初期に使われたのが波長が694nmのルビーレーザーでした。 この波長はメラニンへの吸収性がよく、それに比較してコラーゲンやヘモグロビンへの吸収率が低いため、茶色いメラニンには使用しやすかったのです。
Stones_ruby2 この種のレーザーでも技術革新が進みます。実際にレーザーを照射する時間を「パルス幅」というのですが、この幅が短ければ短いほど、組織に対して熱が伝わる時間が短くなり、標的組織を破壊する能力が高くなるため、メラニン色素をとるためのレーザーはこのパルス幅を短くする技術の競争になりました。

パルスの幅がミリ秒(1/1000秒)単位のものをロングパルス・レーザー。その1,000分の1単位のマイクロ秒(1/1000000秒)単位のものをショートパルス・レーザー。

その後に開発されたさらに短いパルスのレーザーを1,000分の1単位のナノ秒(1/1000000000秒)単位、ピコ秒(1/1000000000000秒)単位、フェムト秒(1/1000000000000000秒)単位のものをウルトラ・ショートパルス・レーザーと言います。

ウルトラ・ショートパルス・レーザー以下のものをQスイッチレーザーといいますが694nmのQスイッチルビーレーザーを初めとして、755nmのQスイッチアレキサンドライトレーザー、さらに1064nmのQスイッチNd-YAGレーザーが開発されました。これらのレーザーは、いったんあざやほくろにレーザーを打ち込むと、この写真のように、まず色が白く変化し、じわじわと出血が始まり、色が変わり、3週間ぐらいでかさぶたととにもあざやほくろが取れるというものでした。

レーザーの歴史上、ここまでをablative treatmentと言います。肌にいったんかさぶたを作って数週間後に肌を治そうという考えが主流だったのです。

しかしながら、施術後にすぐにメイクをして帰れるというnon-ablative skin treatmentの技術が開発されたことによって、光治療器やレーザーを使用した肌の若返り療法は一気に加速します。
いわば、レーザーや光治療器は、ほくろやシミを対象とした手術室の“メス”から、顔全体のホワイトニングやリフティングを行う“進化した美顔器”的な存在に変化してゆくわけです。

Point to Plane 「点」から「面」へ 治療領域が広がってゆくのです。

明日のお題は「画期的な色彩的老化(シミ、くすみ)の治療法・IPL(フォトフェイシャル)の登場」です。

 


レーザーの歴史 その弐 東洋人における脱毛レーザーの応用

東洋人における脱毛レーザーの応用

1996年、アメリカのフルモト(日系人)が、有色人種にも対応できる最初の脱毛レーザー、サイノシュア社LPIR(ロングパレスアレキサンドライトレーザー)を開発しました。
それがアレキサンドライトレーザーです。アレキサンドライトという人工宝石を用いて755nmという波長を出すレーザーでした。日本にも、その翌年である1997年に株式会社JMEC により輸入されました。

その後、よりパルス幅(照射時間)が短いキャンデラ(Candela)社のアレキサンドライトレーザージェントルレーズ(GentleLASE) =冷却ガスとともに照射さGentlelase れるレーザーが日本に入ってきました。パルス幅が短いことによって、より細い毛にも対応可能となったのです。

さらに、ルミナス社(旧コヒレント社)より、半導体を使ったダイオードレーザーライトシェア(Light Sheer) が登場しました。ライトシュアは先端のハンドルピースに冷却装置がついているため火傷を起こしにくく、パルス幅も1秒当り5~30ミリと広くなっています。レーザーの性質上、不得意分野とされているうぶ毛の脱毛にも効果を発揮し、男性のヒゲの脱毛にも利用されています。このダイオードレーザーは、1999年4月に世界初の「永久減毛(Permanent Hair Reduction)」のFDA承認を受けました。

次に脱毛の世界に入ってきたレーザーが、ロングパルスヤグレーザー(波長1064nm)です。 肌の色の濃いApogee_elite 部位や毛根の深い場所の脱毛に最適なレーザーで、メラニン色素への吸収率は波長が長いほど低いため、1064nmのヤグレーザーは色素が多い肌には有利になるのです。日焼けした方の細く薄い毛を処理することもできます。メラニンに対する吸収率が高くないので、照射エネルギーをあげてもヤケドを起こす可能性はずっと減少します。最近アメリカでは、黒人やヒスパニッシュの脱毛に多く用いられています。

明日は、あざやほくろに効くレーザーの歴史について書きます。


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