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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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早稲田大学おりじなる和三盆

今日はクリニックFの診療日。

雑誌取材や、打ち合わせ含め、忙しい日になりそうです。

実は僕の人生、今までなぜか早稲田大学にあまり縁がありませんでした。

昨日お会いした早稲田大学ビジネススクールの川上智子教授にいただきました。

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早稲田大学と名前が入った和菓子、綺麗です。

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川上教授は「ブルーオーシャン戦略」の著者W・チャン・キム氏のいわゆる愛弟子で、新たに作られるマーケットの意義のお話を伺う事が出来ました。

良いご縁を頂きました。

こちらの初版本は、ちょうど僕が14年前に、医師としては古い頃にMBAを取得した時に発刊されたので、医学系の経営学の講演のときに良く引用させていただいた思い出の書です。

新刊「ブルーオーシャンシフト」という本が昨年出されたという事をお聞きしたので、さっそくamazonで発注しました。

読むのが楽しみです。


Elio Locanda Italiana

今日は早稲田大学ビジネススクールの川上教授と金沢工科大学の松林教授と三人でエリオでクラシック音楽&ビジネス歓談。

知的好奇心が満たされて楽しかったです!

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Blanc de blancs

今日はフランスの友人と英語でサシ飲み。

お互いセカンドラングェッジだけれど、ユーモアは万国共通ですね。

笑いました。

フランス_1

フランス_2

彼はこちらのシャンパーニュのオーナーの家系です。

年間3000本しか作らない、飛行機に乗せると味が落ちるので、日本に輸出したくない。

のだそうです。

来月パリ出張ですが、シャンパーニュ行きたいなあ。


IMCAS ASIA

今日はクリニックFの外来です。

来月頭にインドネシアはバリ島にて開催される欧州系アンチエイジング医療学会のIMCAS ASIA。

僕は学会のFaculty Memberに入れていただいているので、セッションの座長や招待講演、講義の仕事がいくつかあります。

バリ_1

バリ_2

バリ_3

僕のスケジュールが送られてきたのですが、事前に伝えていたものや、幾つか時間的に重なっていて、出られないものもあり(苦笑)、これから事務方と再調整ですね。

プレゼンも作り始めないとなあ。

https://www.imcas.com/en/attend/imcas-asia-2019/speakers


ロシア音楽の解釈 ラフマニノフピアノ協奏曲第2番ハ長調

仕事として選んだ医学と、人生最大の趣味であるクラシック音楽や舞台芸術。

この二者は理性と感性という、いわば僕の判断基準の両輪とも言えるもので、「医学と音楽のコラボレーション」をいつか実現したいと以前より思ってきました。

本年「藤本ミュージックアカデミー」を設立し、その足がかりがいよいよできつつあります。

これについてのご報告は新たに今月末行いたいと思っています。

オペラ_1

昨晩は今月2度目のラフマニノフピアノ協奏曲第2番ハ長調を聴きに行きました。

ご縁あって関係者席をお取りいただきました。

指揮者がよく見える、舞台裏側のP席です。

 

東京フィルハーモニー管弦楽団、ピアノのソリストは昨年開催された第16回グリーグ国際ピアノコンサートで第一位を取ったばかりの高木竜馬さん。

僕の好きな漫画「ピアノの森」のアニメ版で雨宮修平役のピアノ演奏でも著名ですよね。

オペラ_3

オペラ_4

先週は辻井伸行さん、さらに今週は高木竜馬さんと、今第一線の若手の二人の日本を代表するピアニストが、同じ6月にサントリーホールと東京オペラシティというまさに東京の2大ホールでこの曲を弾くというのも、何かの巡り合わせですかね。

***

今回の一柳富美子さんの解説には、社会主義国ソ連が自由主義国ロシアに転換して27年が経ち、体制激変の影響はこの10年で音楽業界にも及んでおり、それまでのロシア音楽の解釈はほぼ書き換えられる必要があると書かれていました。

確かに音大出身ではない僕にとって、曲や作曲家の知識は、LPレコードレーベルや、映画、日本語の著作に書かれた事ばかりでした。

オペラ_2

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は、といえば

曲が生み出された経緯については、1897年の交響曲第1番初演失敗により、うつ病にかかったラフマニノフが催眠療法のダーリ博士の治療によりスランプを脱し、立ち直って書かれたものというのが通説でした。

その話により僕も、ラフマニノフがいわゆる内気でナイーブな27歳の若者であった頃に作られた楽曲なのだ、というイメージを常々持ってこの曲を聴いてきたのです。

ですが近年の研究では、こんな風に云われているそうです。

「幼い頃から叩かれ慣れていたラフマニノフは、この失敗からもすぐに立ち直った。さらにこの作曲の時期は、新進気鋭のオペラ指揮者として八面六臂の活躍をしていて、決して病的な若者ではなかった事がわかった。

実際にダーリ博士の催眠療法は数回しか受けておらず、効果もほとんどなかったが、彼の律儀な性格により、この曲の被献呈者とされた。」

と。

うーん。

いわば常識と信じてきたことが覆されますが、これも音楽を学ぶ面白みの一つですよね。


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