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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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レーザー・フローレンス2009

今年の11月に、イタリアで医療レーザーの学会が一つあるのです。

I.A.L..M.S. – INTERNATIONAL  ACADEMY LASER  MEDICINE  AND  SURGERY

という学会で、僕はあまり縁がない医学会だったのですが、開催場所がフローレンス(フィレンツェ)と聞いて、思わず演題を一つ出してしまいました(笑)。

その演題が審査を通過し、フィレンツェで発表できることになったと今日、連絡がありました。

CO2(エコツー)とエルビウムグラス(フラクセル)のフラクショナルレーザーの毛穴およびニキビ痕治療の治療比較を行った演題です。特にヨーロッパ諸国では複数台のフラクショナルレーザーを保持する事が難しいので、こうした比較演題は審査に通りやすいのです。

こんな合格の通知が来ました。

フィレンツェと言えばメディチ家ですよね。

メディチ家はその名から予想できるとおり、元は医者の家系なのだそうです。

銀行業で一族が成功した後にその富の繁栄のもと、ボッティチェリやダヴィンチ、ミケランジェロなどの芸術家のパトロンとなりルネッサンスの基礎を作り上げたと言われています。

後にこのメディチ家の子孫(傍流と言われていますが)コジモ1世は1537年にトスカーナ大公国の君主になり、現在のフィレンツェの街並を作り上げたのです。

さて、そんな医者にとっても縁の深い街フィレンツェでの秋のトスカーナ・レーザー紀行?については、また11月に改めてブログでご紹介させていただきますね。

そして今もうひとつ行くかどうしようか悩んでいる学会が・・・。

場所はフランス・ニースだそうです。どうしよう。


今日の僕20090728

iPhoneが使いやすいよとスタッフに勧めていたら、いつの間にかクリニックFはiPhoneだらけになりました。

みな思い思いのカバーをつけているのですが、それぞれのキャラが出ますねー。


サンクトペテルブルグ大学の学食

さて、フラーレン学会に話を戻しましょう。

会場となったのは、ロシアのサンクトペテルブルグ大学に隣接した、研究棟講堂。

緑に囲まれた趣のある校舎。

コンベンションセンターやホテルで開催されるアメリカの学会とは雰囲気も変わります。

昼食は大学の学食に行ってきました。

学生に混じっての御飯は美味しかったですよ。

ビュッフェスタイルの注文だったので、パスタとスープ。豚肉の煮物らしきもの。そしてハムをはさんだパン(サンドイッチ?)と水を注文しました。

食堂のスタッフも英語を話せませんし、僕もロシア語が読めないので、指差し注文。

これで300ルーブル。つまり900円ぐらい。

ロシアは物価が高いといわれていますが、東京と変わらないですね。

大学の廊下です。

幅が広いんですよ。

壁にはおそらく歴代の教授たちでしょうか、多くの肖像画が貼ってあります。

ロシア人は肖像画が好きなんですね。

学生たちはちょうど講義中であまりいないように写真では見えますが、休み時間にはごった返していましたよ。

しかしこの大学の廊下。夏はいいけれど、冬は寒そうだなあ(笑)。


チャイコフスキーとドストエフスキーのお墓参り


この場所はアレクサンドル・ネフスキー大修道院に隣接する墓地です。

チフヴィン墓地と言います。

ここは、ロシアの芸術に貢献した者のみが永眠できる墓地なのだそうです。

せっかくサンクトペテルブルグまで来たので、尊敬すべき作曲家や作家に、ぜひともお墓参りをしようと思ってやってきました。

墓地の中には地図があり、それをたどっていくとまず見つけたのがこちらのドストエフスキーのお墓でした。

モスクワの貧民救済病院で働く医師の二男として生まれたドフトエフスキー。作家時代にはこのペテルブルグを物語の舞台としました。

高校生の時にちょっと背伸びして

「罪と罰」

「白痴」

「カラマーゾフの兄弟」

・・・などを一生懸命読んだのを思い出します。トルストイと並んでロシアを代表する作家ですよね。

こちらは作曲家のリムスキーコルサコフのお墓。

交響組曲の「シェヘラザード」が好きですが、彼は教師としても卓越して人物として知られていたそうです。

ストラヴィンスキーやプロコフィエフなどの師でもあったそうですね。

彼の家は、これらの高弟や、ラフマニノフなどがあつまる音楽サロンだったそうで、翌日雨の中行ってきましたよ。

そしてこちらが偉大なるチャイコフスキーのお墓です。

そもそも、僕がクラシックを聴くようになったきっかけが、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番。

家にあった父の古いLPでした。

演奏はエミール・ギレリス。彼もロシアを代表する世界的奏者の一人でしたよね。

特に第一楽章が始まる時のその旋律と一つの無駄のない和音のハーモニーが素晴らしくて、大好きでした。CDではなく、LPだったので、A面の第一楽章ばかり何度も何度も聴いていました。

たぶん数百回は聴いているんじゃないかな。

また、「くるみ割り人形」や、「眠れる森の美女」などのバレエ音楽の美しい旋律は、あまりに忙しくて苦しかった研修医時代によく聴いたのを覚えていますよ。

聴くだけで心が豊かになって励まされました。

音楽の力ですよね。

この墓地には174人の文化人が葬られています。興味深かったのは、墓石がすべて異なり、非常に工夫されていること。

彫刻家はそれらしく。音楽家は楽譜が彫ってあったり。

この人は画家だったのでしょうね。


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