昨晩の撮影では、急きょカメラマンさんがモデルに。
同じカメラを持っている僕が代理カメラマンでシャッターを押しました。


さて僕のカットは紙面に載るかな(笑)。
藤本幸弘オフィシャルブログ
昨晩の撮影では、急きょカメラマンさんがモデルに。
同じカメラを持っている僕が代理カメラマンでシャッターを押しました。


さて僕のカットは紙面に載るかな(笑)。
今日は診療前に久しぶりにこちらへ。

画期的な医療機器を開発した企業との打ち合わせでした。
ちなみに美容医療機器ではありません。

途中湯島天神が人で沢山。
本日診療後は美STのもう5月号の取材です。
Fotona スマイル4Dリフト。



前田先生のレーザートレーニングも兼ねています。
国内で2015年の話題と言えばもう一つ、Qスイッチピコ秒レーザーをあげることができます。
米国では3年前に発売され、当初はとても注目されたものの、医学会では生体においてはナノ秒のレーザーとの違いを今一つ明らかにできずにいました。
刺青はともかくとして、特に肝斑に関しては「ノーレスポンス」と評価されてしまったのはレーザーを専門に扱う医師としても残念でした。
一般の医用レーザーを利用した場合、照射系は数mmほど。
ターゲットとなる顆粒が皮膚のごく表層にあるのならばともかく、メラニン顆粒も刺青色素もある程度深い位置にあります。
さらにメラニン顆粒を含んだ皮下の一定の体積の球体に対してレーザーエネルギーを加えた場合、中心の温度の放熱と、端の温度の放熱の経時はまったく異なることが分かります。
つまり、いくら照射幅をピコ秒にこだわっても、組織の放熱時間を考えると、ナノ秒とピコ秒では大差がないことが指摘されているのです。
この意見に対抗するには、なるべく直径の細いレーザー光をスキャナ状に肌に打ち込む必要があります。
実は少しでも工学の知識があれば、ピコ秒レーザーもフェムト秒レーザーも簡単に作れます。
コンピューターを組み合わせて自作できるのと同じで、いまはすべてがモジュール化されてキットが販売されているからです。
例えばこの コヒレント社のMira-900 system はcontinuous-waveで、700nmから1000nmの範囲の好きな波長で、 pico秒と femto秒の発振ができます。

過去の実験経験では、こちらに4段階程度の増幅装置を付けて信号を増幅すると、肌に照射しても効果があるぐらいのフルレンスを得ることが出来ました。
僕も昨年からこうした長所と弱点を補うための、ピコ秒+セミフェムト秒のスキャナ制御の新たな医療レーザー機器開発にかかわっていますので、細かいデータはそちらの機器で、数学物理学的に出して、本年以降発表してゆこうと思っています。
国内の臨床のデータは取れる先生がたくさんいらっしゃいますが、僕は機械オタクらしく、工学理論を軸に自分にしかできない発表をしてゆきたいと思います。
今年も国際学会にいくつ演題を通すことができるか、楽しみです。
指揮者兼ピアニストのダニエル・バレンボイムが、来月短期間で来日し、ブルックナーの交響曲1~9番をツィクルス(全曲演奏)するそうです。
日本では初めての試みになるとか。
これは、観たい!・・・行きたいです(笑)。
僕がバレンボイムで記憶に残っているのは、2008年NYです。

2008年末、ニューヨークのカーネギーホールで、2度のピューリッツァー賞を受賞したNY生まれの作曲家エリオット・カーター100歳の誕生日を祝うコンサートが開かれました。
この特別な日のためにステージで指揮をしたのが、ジェームズ・レヴァイン。ピアノの前に座ったのが、バレンボイムでした。
ちょうどこの日をNY出張中に迎えた僕は、4階席から身体を乗り出して幕間に登場したバースディケーキと3人の巨匠に歓声を上げ、会場が皆一緒になってハッピーバースディを歌ったことを覚えています。こうした機会に恵まれることはなかなかないので、ラッキーでした。

こちらはカーネギーホールにあった若かりし頃のバレンボイムの写真。
また、翌日はMETでバレンボイム指揮によるトリスタンとイゾルデを鑑賞することもできました。


ダニエル・バレンボイムはアルゼンチン出身のユダヤ人ピアニスト兼指揮者です。
現在はイスラエル国籍となっているようで、1991年にサーゲオルグ・ショルティからシカゴ交響楽団音楽監督の座を受け継いでからは、指揮者としても卓越した能力を発揮しました。
バレンボイムは二度結婚していますが、最初の結婚相手はイギリスの名チェリスト、ジャクリーヌ・デュ・プレ。デュ・プレは才能に恵まれながらも、多発性硬化症の発病によって音楽家生命を絶たれました。
デュ・プレの使用したストラディバリウスのチェロは、現在ヨーヨーマが使用していますよね。

2011年から2014年までは、ミラノ・スカラ座の音楽監督も務めています。
1992年よりベルリン国立歌劇場の音楽総監督。
次の来日はいつになるかわからないと思うと・・・
行きたいなあ。
行けないかなあ。
