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【新国際学会周遊記──自律神経を整える食材】

【新国際学会周遊記──自律神経を整える食材】

今日は診療の合間に雑誌社のZoom取材を受けていました。テーマは「食べ物で自律神経を整えるには?」。普段の診療でも患者さんからよく聞かれる質問ですが、こうして取材で改めて問われると、自律神経と食事の関わりの奥深さを再確認します。

自律神経が「整う」とは?

自律神経は、活動を司る交感神経と、休息を司る副交感神経がシーソーのようにバランスを取って働いています。

朝に自然と目が覚め、日中に集中して活動でき、夜になるとスムーズに眠りにつける──この切り替えがうまくいっている状態が「自律神経が整っている」ということです。

ところが現代生活では、仕事のストレスや夜型の生活習慣、そして乱れた食生活によって、このリズムが乱れがちになります。眠れない、疲れが取れない、気分が安定しない……その背景には、自律神経の不調が隠れていることが少なくありません。

◆ON食品──活動を後押しする食材

取材のなかで私は、まず「ON食品」と「OFF食品」という整理の仕方をご紹介しました。
ON食品とは、交感神経の働きをサポートして日中の活動を後押ししてくれる食材です。

玄米や全粒パン:エネルギーを安定して供給し、集中力を持続させる。
青魚(サバ・イワシ・サンマ):脳の働きを助け、気持ちの安定にも役立つ。
赤身肉やレバー:鉄分が豊富で、疲れにくい体を支えてくれる。
ナッツ類:外出先での間食にもぴったり。エネルギー補給と同時に、心の安定にも。
コーヒーや緑茶:朝や昼に飲むと気持ちをシャキッとさせてくれる。ただし夕方以降は控えめに。

これらをうまく取り入れることで、朝から夕方までエンジンがかかりやすくなります。

◆OFF食品──リラックスに導く食材

一方、夜に大切なのがOFF食品です。副交感神経を優位にし、体と心を休めてくれる役割を持っています。

牛乳やヨーグルト:眠りを助ける成分を含み、就寝前に温めて飲むとリラックス効果が高まる。
バナナ:副交感神経を整え、自然な眠りへ導いてくれる。
緑黄色野菜(ほうれん草・ブロッコリー):体を落ち着けるミネラルが豊富。夕食に取り入れたい。
ハーブティー(カモミール・ラベンダー):香りを楽しみながら、気分を穏やかにしてくれる。
ダークチョコレート:夜の小さなご褒美。少量をゆっくり味わうと、心も落ち着く。

これらの食材は、体を眠りへと自然に切り替えるスイッチのような存在です。

◆食べ方のルールと小さな工夫

自律神経を整えるには、食材の選び方だけでなく「食べ方」も大切です。

朝・昼・夜のリズムを守る
よく噛んで食べる
腹八分目を心がける
温かいものを取り入れる
急激な血糖値の上下を避ける

これらはどれもシンプルですが、日常の積み重ねが大きな違いを生みます。

さらに、間食をどう選ぶかもポイントです。ナッツやバナナ、ヨーグルトにベリーを添えたものなどは、自律神経にやさしい間食の代表例です。

まとめ

「食べ物で自律神経を整える」というと難しく聞こえますが、実は身近な食材で十分に可能です。

朝はON食品で体を活動モードに切り替え、夜はOFF食品でリラックスモードへと誘う。そうした小さな工夫が、心と体のリズムを整えてくれるのです。

特別なものを探す必要はありません。日々の食卓に並ぶ、ごく普通の食材が私たちの自律神経のバランスを支えてくれています。

 


【新国際学会周遊記──麻はなぜ「禁止」になったのか】

【新国際学会周遊記──麻はなぜ「禁止」になったのか】

日本文化を歩けば、いたるところに「麻」の影を見つけることができます。縄文時代の遺跡から出土する繊維片。奈良の正倉院に眠る麻布。伊勢神宮の注連縄や、相撲の横綱の綱にいたるまで──麻は「清浄」を象徴する神具であり、庶民の衣服であり、農村の重要な収入源でもありました。そこには、今日の「禁止薬物」というイメージは微塵もありません。

ところが戦後、その歴史は急転します。1945年の敗戦、日本はGHQの占領下に置かれました。アメリカではすでに1937年に「マリファナ課税法」が施行され、精神作用を持つTHCを問題視する潮流が広がっていた。

その流れが、そのまま日本にも輸入されたのです。1948年、「大麻取締法」が制定され、数千年続いた麻との共生は「栽培・所持の禁止」という強硬な規制に置き換えられました。

ここで忘れてはならないのが、時代の産業構造の変化です。戦中戦後、軍需資材として重宝された麻繊維は、デュポン社のナイロンをはじめとする合成繊維に代替されつつありました。つまり、国際政治の力学と産業界の利害が交差した結果、日本の麻は「伝統文化の象徴」から「禁止薬物」へと姿を変えてしまったのです。

しかし完全に消えたわけではありません。現在でも、神社の神具や伝統織物のために、免許を持つ農家が細々と麻を育て続けています。たとえば栃木県鹿沼市や群馬県の一部地域では「大麻取扱者免許制度」の下で栽培が続けられており、日本文化の命脈をつないでいるのです。

大麻に含まれる代表的な成分には THC(テトラヒドロカンナビノール) と CBD(カンナビジオール) の2つがありますが、作用は大きく異なります。

1. 精神作用の違い

THC:いわゆる「ハイ」になる精神活性作用を持つ成分。脳のカンナビノイド受容体(特にCB1受容体)に強く結合し、多幸感・陶酔感・感覚の変化を引き起こします。依存性や不安・幻覚など副作用も報告されています。

CBD:精神活性作用はほとんどなく、むしろTHCによる不安や幻覚作用を和らげる方向に働くことが知られています。

2. 医学的作用の違い

THC
鎮痛作用
食欲増進(がんやHIV患者の悪液質対策に使用)
吐き気の抑制(化学療法の副作用軽減)
ただし精神症状や認知機能への副作用あり

CBD
抗けいれん作用(特に小児難治性てんかんに有効:EpidiolexとしてFDA承認済み)
抗不安作用
抗炎症・神経保護作用の研究進行中
依存性や乱用リスクはほぼなし

3. 合法性・規制の違い

日本ではTHCは麻薬及び向精神薬取締法で厳格に規制されており、医療用途を含め一切使用不可。
CBDは精神作用がないため、一部製品(THCを含まないもの)に限って輸入・販売が認められています。
世界では医療大麻の議論が進んでいるその一方で、日本の規制は依然として「精神作用の有無を問わず大麻草一律禁止」という戦後の枠組みに留まったままです。

つまり、麻の歴史は「文化」と「科学」と「政治」がせめぎ合う場であり続けているのです。縄文から現代へ、麻は常に社会の鏡であり、その扱い方こそが時代精神を映し出しているのではないでしょうか。


【新国際学会周遊記──「中国は戦勝国?」という歴史の継承トリック】

【新国際学会周遊記──「中国は戦勝国?」という歴史の継承トリック】

中華人民共和国では、ミズリー号でポツダム宣言が締結された9月2日の翌日が戦勝記念日なのだそうです。

昭和100年史を企画する様になって、第二次世界大戦を振り返ると、どうにも首をかしげたくなる話があります。
その一つが「中国は戦勝国だ」という常識。

しかし歴史を丁寧に見れば、1945年に戦勝国として国際社会に座を占めたのは、あくまで蒋介石率いる中華民国でした。つまり、中華民国を引き継いだ台湾が戦勝国となるべき。

毛沢東の中華人民共和国が建国されるのは1949年。終戦から数えて実に4年後のことです。つまり「存在しなかった国家が戦勝国だった」というのは、時系列的にどう考えてもおかしい。

それではなぜ今日、国際社会では「中国=戦勝国」と語られるのでしょうか。

答えは1971年の国連総会決議2758号にあります。この決議で「中国を代表する正統な政府は中華人民共和国」とされた結果、国連安保理常任理事国の椅子を“そっくり継承”することになった。

要するに、戦勝国としての実績を上げたのは中華民国だが、その「果実」は後から成立した中華人民共和国が引き継いだ、という政治的トリックなのです。

医学論文でいえば、ある研究チームが苦労してエビデンスを積み上げたのに、後から別の研究者が「この成果は自分たちのものだ」と主張して査読誌の表紙を飾っているようなもの。歴史的事実と政治的決定がずれ
ているのに、それが「当たり前」とされてしまうと、後世は違和感を持たずに受け入れてしまう。

こうしたねじれをどう捉えるか。

歴史は直線的な真実ではなく、時に“継承の物語”として作られていく。その最たる例が「中国の戦勝国問題」なのだと思います。

――ちょっとおかしな話でしょう?

同じ流れが、1989年のソ連崩壊後の「ロシア=国連安保理常任理事国」という事にもなります。

ただこの辺り、正直なところ政治家の国際世論の根回し次第なのでしょう。日本の政治家も帰化人を排除して、日本のために動く人を冷静に選ばないといけませんね。


【新国際学会周遊記──平均寿命を押し上げた量と、人生を変えた質】

【新国際学会周遊記──平均寿命を押し上げた量と、人生を変えた質】

患者さんから「がん手術って、結局は人類の平均寿命をどのぐらい延ばしたんですか?」と尋ねられた。

いい質問だ。けれど、その問いに答えるためには、まず「平均寿命を押し上げた要因の量的な寄与」と「人生の質を変えた要因」とを分けて考える必要がある。
平均寿命を押し上げた「量的な寄与」
人類の平均寿命が大きくジャンプしたのは、20世紀前半から中盤にかけてだった。
上下水道と衛生の改善──コレラや赤痢といった水系感染症が激減。
ワクチンと抗菌薬の普及──天然痘、ジフテリア、結核、肺炎で命を落とす子どもや若者が減った。
乳児死亡率の低下──新生児蘇生、母子保健、NICU。
この「若い命を救った」という効果は平均寿命の統計を劇的に押し上げた。戦前30〜40歳だった寿命が、戦後50歳、60歳と一気に延びたのは、まさにこの構造が背景にある。量的寄与のインパクトは+20〜30年という桁違いの規模だった。
人の寿命を押し上げたのは、目に見える医療の進歩だけでなく、社会を下から支える“見えにくい技術”や、暮らしの習慣、制度の設計が織りなす合奏だ。旅のノートを開くように、10の風景でまとめておきたい。

① 水が清くなるという革命

上下水道の整備は、病院の外で起きた最大の医療だ。安全な飲み水と衛生的な排水は、細菌や寄生虫の“進入路”を断ち切る。井戸から蛇口へ──その短い距離の背後に、数えきれない命の延長がある。

② 予防接種という社会の盾

ワクチンは“個人の注射”であると同時に“社会の壁”でもある。病原体の連鎖を断つ発想は、病気を治すよりも前に、そもそも起こさないという逆転の発想だった。診察室で泣く子の涙の先に、静かに守られる長い人生がある。

③ 抗菌薬と感染制御の二刀流

抗菌薬の登場は劇的だったが、真価は“適切に使う”“広げない”とのセットで生まれた。手洗い、手袋、滅菌、隔離──地味な反復が、細菌の増殖を鈍らせ、術後や分娩、外傷の死亡を小さくした。

④ 産科・新生児医療の底上げ

保健師、助産師、小児科医が一本の線でつながり、NICUが生まれ、蘇生の手順が標準化された。生まれた瞬間の“ハイリスクの谷”を浅くすることで、国全体の平均寿命は一気に押し上がった。人の一生は、最初の数分のケアで方向が変わる。

⑤ 栄養学の進化

たんぱく質、微量栄養素、カロリー。食卓の一皿は免疫の強さ、臓器の回復力、子どもの発達を底支えする。学校給食や栄養教育は、派手さはないが、静かな健康インフラだった。

⑥ 外科・麻酔・無菌のトライアングル

麻酔の安全性が上がり、清潔操作が徹底され、外科手術はリスクから選択肢へと変わった。胆石、潰瘍、骨折、心臓弁膜症──かつて“運”に委ねるしかなかった病が、計画的に修復できるようになった。

⑦ 救急・再灌流・ICUのタイムマネジメント

“時間は筋肉であり脳である”。救急搬送のネットワーク、24時間のカテ室、ストロークユニット、集中治療の標準化。突然死の確率が下がると、国民全体の寿命分布の“尻尾”が持ち上がる。生と死の境界線は、分単位の連携で塗り替えられた。

⑧ 慢性疾患を「管理」する文化

血圧、血糖、脂質。数値は人格ではないが、未来のイベント確率を映す地図だ。家庭血圧、かかりつけ、薬剤のアドヒアランス、運動と減塩の習慣化──“派手な治療”より、“続く工夫”が寿命を延ばす。病気と共に歩く術が、社会の共通言語になった。

⑨ 公衆衛生と制度設計の追い風

健診、保健指導、禁煙対策、労働安全、交通法規、学校保健。さらに、医療へのアクセスを守る制度が、地理や所得の壁を薄くする。診療所の明かりが“いつでも、誰にでも”届くとき、平均寿命は上がり、健康格差は縮む。

⑩ 画像診断と早期発見の地図化

CT、MRI、内視鏡、超音波。身体の中を可視化する技術が、見逃しを減らし、治療のタイミングを前へ前へと押し出した。もちろん過剰診断の罠もある。だからこそ「適正な対象」「適正な間隔」「適正な説明」という三点セットが鍵になる。

こうして並べてみると、平均寿命の延長は“単独の英雄譚”ではなく、“合奏”だとわかる。水とワクチンが感染の土台を固め、産科・小児が最初の急斜面を緩め、抗菌薬と外科が致命傷を減らし、救急とICUが突然死を減らし、慢性疾患の管理と制度が長い坂道を支え、画像診断が道標を明るくした。どれか一つが欠けても、旋律は痩せる。

そして、医療の外側にある“健康の社会的決定要因”も忘れられない。教育、住まい、雇用、コミュニティ。孤立の少ない町は、処方箋の数を減らす。横断歩道の位置、街灯の明るさ、段差の解消──こうした都市設計の細部は、転倒や交通外傷を減らし、静かに寿命統計を押し上げる。

一方で、がん手術が普及したのは20世紀後半から。がんは中高年以降に多い病気なので、平均寿命の数字自体を大きく動かすことはなかった。たとえば大腸がん手術で5年生存率が改善しても、平均寿命の統計上の伸びは数年にすぎない。

しかしそのインパクトは「質」にあった。

がんを“治せる病”にした──早期胃がんや乳がんの切除で完治が可能になった。

再発や合併症を減らした──リンパ節郭清や再建外科の進歩で“その後の人生”が守られた。

生活の余白を豊かにした──手術によって70代、80代での人生が「余生」ではなく「現役の時間」として延びた。

つまりがん手術の寄与は「平均寿命の量を押し上げる」よりも「健康寿命の質を底上げする」ことにあった。

平均寿命の延長には、まず「若者を救った量的な力」があり、その後に「高齢者の人生を整えた質的な力」が加わった。がん手術はその代表格であり、人々に「がんは死の宣告ではなく、治療と共存の選択肢がある」という新しい時代感覚をもたらした。

「寿命を延ばしたのは社会全体の努力であり、人生を豊かにしたのは医療の細やかな技術だった」。

ここまでが“これまでの100年”だとすれば、次の100年は何を磨くべきか。僕の答えは三つ。

第一に“健康寿命”の質──フレイル予防、筋肉の維持、歯と聴こえのケア、睡眠とメンタルのリテラシー。

第二に“個別化”──遺伝と生活史に基づくリスク予測と、過不足ない介入。

第三に“つながり”──デジタルで人を孤立させない設計だ。AIは診断を手伝うが、手を握って不安を和らげるのは、やはり人の役目だ。


【新国際学会周遊記──超高温と揚力不足のはざまで】

【新国際学会周遊記──超高温と揚力不足のはざまで】

グライダーが墜落という痛ましい事故がありました。エンジンという動力を持たない機体は、自然の環境の見極めが極めて大切だと思います。

グライダーが空を滑る姿は、私にとって「自然と調和する人類の飛翔」の象徴です。しかし、空を支配するのはやはり物理学です。揚力は空気の密度・速度・翼の形状に依存し、その密度は温度と強く結びついています。

高温になれば空気は膨張し、密度は下がる。密度が下がれば、同じ速度でも揚力は減少します。これは「空気が薄い」状態に等しく、翼は支えを失い、やがて失速へと近づきます。

特に真夏の午後、熱気流が不安定に崩れると、上昇気流を失ったグライダーは高度を維持できず、滑空限界を超えて急降下することがあります。

実際に、米国ソアリング協会の事故報告では「熱波によるサーマル崩壊で揚力を失い、不時着に至ったケース」が複数記録されています。また、ドイツの研究でも猛暑日に大気密度の低下が滑空性能を下げ、離陸距離や上昇率に影響することが指摘されています。

もちろん通常の飛行では「超高温で揚力不足になって墜落」という極端な事態は稀です。しかし、夏季の高温・熱気流の乱れによる不時着や事故は、グライダーの世界では現実のリスクなのです。

日常の飛行環境での「高温」

30〜40℃程度の猛暑。

このレベルでも空気密度はかなり下がり、グライダーや小型機では性能低下が目に見えて現れます。

例えば気温が15℃から35℃に上がると、同じ高度でも空気密度は約7%低下し、離陸距離が10〜15%延びるとされています。

グライダーが夏場に高度を維持できなくなるのは、この領域の話です。

空は優しいが、物理は厳しい。グライダーが落ちる時、それは「自然の秩序と物理の摂理」が、私たちに改めて突きつける真理なのかもしれません。


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