プラハの最終日。プッチーニが最後に作曲したオペラ。

「トゥーランドット」を観劇しました。
トゥーランドットはフィギュアスケートの荒川静香さんが、オリンピックで金メダルをとった時のフリーで使われたアリア「誰も寝てはならぬ」の印象が強いですよね。

このオペラの舞台は中国の北京です。伝説の時代の紫禁城にいた皇帝の娘トゥーランドット。氷の様な心を持った女性です。
彼女の美貌は世に知れ渡っていました。
王族の血を引く男達には彼女に求婚する権利があるのですが、結婚するためには彼女から出される三つの「謎」に答えなければなりません。
しかも、答えられないと結婚ができない、というだけでなく、なんと首を切られてしまうのです。
すでに何人もの王子達が紫禁城で命を落としています。
オペラはペルシャの王子が処刑される幕から始まります。
トゥーランドットの顔を見て、その美しさに一目惚れした主人公カラフ。かつてダッタン王であった父親ティムールや、その付き人で女奴隷のリューの猛反対を振り切る形で、求婚者として名乗りを上げます。
カラフが謎解きに挑戦するため、その合図である銅鑼を3回打ち鳴らし、第一幕で一度も声を出さなかったトゥーランドットが冷たい視線でそれを見守っているところで、第一幕は終了。幕間となります。

バーに向かいます。

シャンパンを一杯。

賑やかです。

そろそろ席に戻らなければなりません。
さて、オペラは二幕目です。
カラフは見事、三つの難題を解く事に彼は成功するのですが、事もあろうにトゥーランドットが
「身も知らぬ男の嫁になるのは嫌だ」
と言い出すのです・・・。
いやがる女性を嫁に迎えても意味が無い、とカラフがひとつの謎解きを提案します。
「夜明けまでに、現在伏せている自分の名前(カラフ)を答えてほしい。私の名前が分かったら、すすんで首を切られよう」というもの。
ここで二幕目が落ちます。
トゥーランドットは北京中に、「今夜は誰も寝てはならぬ。求婚者の名を解き明かすことができなかったら住民をみな死刑とする。」
と通達を出し、カラフの名前を知るものを町中から探し出そうとします。
密かにカラフに恋心を抱いていたリューは
カラフの名前を知るものは私しかいない
と名乗り出ます。
そして、トゥーランドットの目の前に立たされると、トゥーランドットの髪の櫛を引き抜き、その櫛でカラフのために自殺をしてしまうのです。
トゥーランドットは、ここで「愛」の本質を知ります。
リューの自己犠牲にもかかわらず、カラフはというと、夜明け前に嫌がるトゥーランドットにキスをして、
「私の名はカラフだ」
と自らの名前を語ってしまいます。
夜明けとともに、トゥーランドットは民衆の前で
「夜明け前に、この人物の名前が判明した。」
と言い出すのです。会場は緊張に包まれます。
しかしリューの献身的な愛を目の当たりにしたトゥーランドットの氷の様な心は解け、彼女はこう続けます。
「男の名前は“愛”である」
と。
カラフとトゥーランドットは結ばれることとなり、感動のまま幕が落ちます。

この中国を舞台にした「トゥーランドット」は、日本を舞台とした「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」とカルフォルニアを舞台とした「西部の女」と合わせて、プッチーニの“御当地三大オペラ”として知られています。
イタリアオペラのヴェルディの正式な後継者となったプッチーニは、このトゥーランドットを作曲する時に中国の曲をかなり勉強したらしく、随所に中国風の歌が挿入されています。
衣装も中国風。見た目も楽しかったですよ。
そうそう、実はこのトゥーランドットには荒川静香さん以外に、日本人にとってとてもなじみ深い関連があるのです。ご存知ですか?
それは「ピンポンパン」。
1966年から1982年にかけてフジテレビで放映された子供向けの番組。番組の最後、「おもちゃに行こう!」というシーンが子供の時に本当にうらやましかったっけ。

トゥーランドットには狂言回しとして、中国の三人の大臣が舞台に出てきます。
このスタンディングオベーションの写真で、中央から左に向かって三人がその大臣たち。
彼ら3人の名前がピン ポン パン Ping Pong Pang なのです。
国民的子供番組の名前の由来は、トゥーランドットにあったのですね。

素晴らしい夜が続きました。
明日の早朝に車でベルリンに向かい帰国します。