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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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COVID-19 新型コロナウイルス⑬ 東京オリンピックの延期 

とうとう東京オリンピックの延期が発表されましたね。

https://www.bbc.com/sport/athletics/52002474?fbclid=IwAR3y_3I2jsb4-CSTo3G5-mnVK-4MqxBrNO-z1U3iR8byoUgQsNqTe1Kh5y4

1919年のスペイン風邪以降に、

現世に生きている人類がほぼ初めて経験するパンデミックですので、

どう対処してゆくかの舵取りは、極めて難しく、全員が納得する方法はないと思います。

何せ、100年前には飛行機はありませんでしたから、

現状のような広まり方はしなかったはずです。

 

ただ、個人的な意見としては、この段階に来た以上は、

ある程度の健康な人間が、このウイルスに罹り、

獲得免疫を得なければ、終焉は難しいと思います。

特に小児や若年層の重症化率はほぼないので、

この若い世代が獲得免疫を得るのが一番早いですよね。

 

そして、高齢者や基礎疾患を持った人への接触を防ぐことを、より徹底する。

罹患した人の数%は重篤な間質性肺炎を起こしますので、

重症化した全ての患者さんが人工呼吸器を持った病院に収容できるように、

各国の医療機関が破綻しない程度に、

感染が広がる速度をコントロールしてゆくという考え方が、

一番良いのではないかとは思います。

 

先日読んだ、ホモデウスにも書かれていましたが、

人類はその歴史の中で、繰り返す感染症、戦争、そして飢餓によって、

当時の人口の数十パーセントを、

あたかも「くじ引き」のように偶然の要素で失う歴史をずっと過ごしてきましたので、

神の存在を信じざるを得なかったわけです。

 

しかしながら、第二次世界大戦後は、

先進国の多くはこうした生死に関わる事態から回避することができたので、

今回のコロナ狂詩曲に過敏反応をしてしまいますよね、

しかしながら、何が起こっても、総体としての人類が滅びる事は無かった。

もちろん、小惑星などが地球にぶつかったら難しいとは思いますが、

どんなウイルスでさえ、人類は打ち勝ってきました。

寄生しないと生きられないウイルスは、宿主が死んでしまうと、自らも死ぬのです。

神の思し召しではないのです。

ウイルスが宿主を完全に殺す事はしませんよ。

これを改めて意識したほうがいいと思いますね。


第2回Medical Body contouring Meeting in 東京

今週末ですが、筋肉を増強するエムスカルプトを販売するBTL社のセミナーです。

すでに定員の倍の参加者が集まっていますが、

コロナ対策は公共の場と同程度以下のリスクで開催できると思います。

宜しかったらご参加くださいね。

 


7年前 千鳥ヶ淵の桜の写真

昨日アップした千鳥ヶ淵の桜の写真。

いつの写真だったかなあと思っていたら、なんと7年も前でした。

この季節は毎年米国レーザー医学会か米国皮膚科学会にぶつかりますので、

なかなか日本で観られないんですよね。

今年は花見を楽しもう。

https://takahirofujimoto.com/blog/blog/diary/culture/post_2565/


美について

桜の季節になると写真を撮りに行きたくてそわそわしてしまいます。

 

今年の千鳥ヶ淵は自粛ムードでいつもと変わってしまうのでしょうか。

春はこうした儚くも胸を打つ「美」がいつにも増して身近にありますね。

 

こちらは数年前に僕が千鳥ヶ淵で撮った写真です。

 

以前、美をテーマにしたサロンのプロデュースにあたり、こんな文章を書きました。

 

人間以外の生物に、美を認識し語り愛でることのできる能力は確認されていません。

山を神々しく照らす朝日も、藍のグラデーション豊かな大海原も、

咲き誇る花々や跳躍のしなやかな動物たちも

この宇宙に溢れる色彩や音、形、光は、

源を辿れば美のために存在するわけではありません。

 

神により与えられた任を全うし、時間の中で機能を果たし、

最後まで淡々と生きていくためにあるものです。

 

それらに「美」というギフトを見出すのは、

人間という巨大な脳をもつ生物のみであるという事実に、僕は心震えます。

 

ある対象を見て、聞いて、触れて、感じ、それを「美しい」と認識し、

記憶する旧脳と新脳による対話から美は解釈、決定づけられますが、

時の中で美は水のように形を変え、与えられた称号は決して永遠ではありません。

 

美には様々な定義がありますが、その理屈付けは進化する新脳により作られた

臨時の”ルール”に過ぎず 理屈を取っ払えば、

美とはつまり「脳が悦ぶこと」そこに尽きるからです。

 

そして、人の数だけ、美には正解がある。

 

 

クリニックFを立ち上げ10年が経過しました。

 

ここでの診療で僕は一貫して「自己肯定」が美への最短の

近道であることを唱えてきました。

 

美が脳の中にしかない以上、自分以外の他人のようになることよりも、

自分をまず肯定する癖を脳につけ

自分にあるものを見つめなおしそこを伸ばすことの方が合理的だからです。

 

しかしながら、月日の中で医療だけではなかなか攻略できない領域も

認識せざるを得なくなってきました。

 

美しくありたい、美しくなりたい、美しいものが見たい、

という人間特有の欲望を、多角的にどう叶えていくのか。

自分の脳をいかに悦ばせ、美へとより近付くのか。

 

新しいプロジェクトではそこを考えていきたいと思います。


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