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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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ピアノの正式名称

ピアノの正式名称って知ってましたか?

ピアノフォルテだと思っていたらはるかに長かった。

ピアノの正式名称は「クラヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ」です。

これはイタリア語で、「弱音も強音も出せるチェンバロ」という意味だそうです。


【新国際学会周遊記──ワイキキに舞う“ʻAuana”の夜】

【新国際学会周遊記──ワイキキに舞う“ʻAuana”の夜】

ハワイの夜は、あっという間に色を変える。
水平線に沈みかけた太陽が、オレンジから紫へと移ろう瞬間、僕はアウトリガー・ワイキキ・ビーチコマーのロビーを抜けて、小さな劇場の入口に立っていた。

2024年12月に開幕したシルク・ドゥ・ソレイユ初のハワイ常設ショー(ʻAuanaシアター、784席)。上演時間は約80分、週5日公演(2025年7月現在)
この地にシルク・ドゥ・ソレイユが常設劇場を開く──そう聞いたとき、正直「ラスベガスの派手な舞台とはどう違うのか」と半信半疑だった。
しかし、幕が上がった瞬間、その疑念は波間に溶けるように消えていった。

◆ ʻAuana──「彷徨う」という物語

ʻAuanaとはハワイ語で「彷徨う」を意味する言葉。
舞台は8つの章に分かれ、カヌーで海を渡るポリネシアン航海から、月の女神ヒナ、観光時代のワイキキへと、時空を超えて展開する。
円形の小劇場にいる観客は、まるで波に揺られながらその旅路を共にしているようだ。
宙を舞うフープ、しなやかに交差するイカリアン・ゲームのアクロバット、そして水を使ったボウル・アクトの透明な輝き。
それらはハワイの“自然”と“人”が持つエネルギーを、身体芸術という言語で語りかけてくる。

◆ 文化への敬意と身体表現の融合

このショーを観ていて何よりも感銘を受けたのは、単なるフラダンスやポリネシアンの炎ショー的な「観光向けハワイ」ではない画期的なことだ。ハワイにいるのを忘れてしまうほどのクオリティの高さ。
衣装デザイナーのマナオラ・ヤップ、文化監修のアーロン・サラ博士らが監修し、フラやモーオレロ(物語)へのリスペクトが舞台全体に息づいている。
伝統と現代がシームレスに溶け合い、アクロバットの動き一つひとつが“祈り”のように感じられ、さまざまなな色のレーザー光線が飛び交い、最後は全ての演者が虹色を一つ一つ表現していたのだと気づく。

◆ 医学と芸術の交点として

観劇しながら、僕はふと考えた。
人間の身体は、訓練と美意識によってここまで極限に研ぎ澄まされるのか──と。
医学的視点で見れば、筋力・柔軟性・バランス、いずれも解剖学的に理想を超えるレベルだ。
だが、ここにあるのは単なる肉体の実験ではなく、文化や物語を背負った“身体性の芸術”である。
これは、僕がレーザー医療の臨床現場で、音楽や視覚環境を通して患者の痛覚を和らげる試みに似ている。
人は、視覚や音楽を通じて生理反応さえ変え得る
──ʻAuanaの舞台は、それを芸術として体現した空間だった。

◆ 余韻として

終演後、ワイキキの海風を受けながらホテルへ戻る道すがら、ふと足を止めた。
遠くから聞こえてくるフラ・ドラムの音色に、さっきの舞台が重なる。
観劇とは、ただ座席で過ごす80分だけの体験ではなく、心に残る「余韻」が本当の価値なのだと再認識する。
身体が語る文化の記憶──それは教科書では絶対に学べない、まさに人間理解への入口だ。
素晴らしいショーなので、ワイキキに来るすべての人にお勧めします。


ハワイの風と空気

ワイキキに来ると心が穏やかになりますね。

ハワイの風と空気からかなあ。

今回は多少のストレスもありましたが、まあこういうゆったりとした時間は大事ですね。


ダイヤモンドヘッド

明日には帰国なので、そういえば何故か登った事がなかったダイヤモンドヘッドに登りました。

今はWEB予約が必要で入山料5ドルかかるんですね。

登り降りで約1時間。

https://www.facebook.com/1486146253/videos/pcb.10239347539895170/1740708999916401

そういえば半年前には骨折して歩けなかったなあと思い出しながらも登山。笑。

汗だくで上がりましたが、頂上の風は気持ち良かった。


【新国際学会周遊記──“フュージョン型キャリア”という生き方】

【新国際学会周遊記──“フュージョン型キャリア”という生き方】

世の中のビジネスも研究も、大きく分ければ「ゼロから生み出すクリエイト」と、「既存のものを掛け合わせるフュージョン」がある。
僕は昔から、後者のフュージョン型が得意だった。

◆ フュージョンの感覚

医学生時代、痛みの治療を研究していたときに出会ったレーザー機器が、その象徴的な経験だった。
医学と工学が一瞬でつながり、「あ、これが僕のやりたいことだ」と直感した瞬間だ。
その後、MBAやDBAで経営管理学を学び、薬科学で経皮デリバリーの研究を進めるなかで、異なる知識の組み合わせが、まったく新しい治療やビジネスモデルを生むことを何度も経験した。

◆ 3つの理系の博士号はフュージョンのため

僕が医学・工学・薬科学と3つの博士号を取ったのは、資格のコレクションのためではない。
それぞれの分野を自分の中で統合し、分野間の翻訳者になるためだった。
医学は生物学的な「人体と病気のメカニズム」を、
工学は物理学的な「技術や装置の原理」を、
薬科学は化学的な「分子やデリバリーのプロセス」を扱う。
この3つをひとりで理解できるようになったことで、
「レーザーの波長特性を皮膚生理に合わせて設定する」
「ナノリポソームの薬物動態を臨床応用に結びつける」
といった異分野融合の研究や臨床が展開できた。

◆ 「共通言語」がフュージョンを加速させる

異分野展開で重要なのは、相手分野の“基礎共通言語”を身につけることだ。
たとえば物理学の「波長」「吸収係数」や、経営学の「ROI」「スケーラビリティ」「企業価値評価法」。
これらの基本語彙さえ知っていれば、相手の専門家と議論ができ、論文が読める。
そして、その基礎を足がかりに、ほんの少し追加学習をするだけで、
異分野をまたいだ展開が一気に現実化するのだ。

◆ AI時代に求められる“繋ぐ力”

AIが単一分野の知識を深掘りしてくれる時代、
人間に残る価値は、異なる分野を横断して繋ぎ合わせる力だと思う。
そして、その力を育てるための道具こそが、
・幅広い基礎知識
・分野間の共通言語
・そして、フュージョンのセンス
なのだ。

僕のこれまでのキャリアは、まさにこの「フュージョン型」で築かれてきた。そして今、時代の要請もそれを後押ししているように感じている。
これからも、異なる旋律を掛け合わせて、まだ聴いたことのない音楽を奏でるように、学問やビジネスを横断して新しい価値を創り出していきたい。


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