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BLOG 藤本幸弘オフィシャルブログ

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ごあいさつ

2013年9月、3年通った大学院の講堂にて人生2度目の博士号学位授与式に参列しました。

式典の開始を告げるべく、吹奏楽団がエルガーの「威風堂々」を奏でます。

僕の最も好きな曲の一つです。

週に1度か2度診療を休み研究室で作業をすることが、いつからか日常となりました。

それに伴い、元々多かった論文資料や書籍も、さらにはコンピューターの台数も増え、勉強や研究、執筆しなければならないものも山積みとなっていきました。

それらのすべてを今年は生まれ育った湘南・藤沢に移し、四ツ谷と江の島を往復する生活を始めました。

休診日前日の夜に車で第三京浜を下り、片瀬の海岸と、どこまでも碧い海に浮かぶヨットや空を飛ぶカモメの姿を窓から眺めながら、一人籠って作業をしています。

さて、目標だった工学の博士号も取得し、これで医学と工学の融合した世界で仕事をしたいという僕の夢にひとつ前進しました。

引き続き、東京・四ツ谷のクリニックでは世界最先端のレーザー・光治療を行っています。

2014年には、もうひとつ大きな階段を上がることになります。

人生のチャレンジはまだまだ続きますが、やはり僕は勉強と研究が大好きです。大学にいると心落ち着き、研究室にいると頭が冴え渡ります。論文を書いているときが幸せですし、国内外の学会で発表をする時に心震えます。

そうして得たすべての知的財産と技術を、クリニックFでは診療に生かしたいと考えています。

2013年9月 藤沢・片瀬海岸の作業場で
クリニックF院長 藤本幸弘


●2013年9月 ドイツ・イタリア出張①フランクフルト行きの飛行機を待っています

おはようございます。

今日は8月31日土曜日。

これから今年4度目の欧州出張を控え、成田空港で飛行機の出発を待っています。

昨日はまさかのPCダウンに翻弄されてしまいました。約10日間の海外出張中にハードディスクの修復具合が分かると思います。

今回はビジネスミーティングを各都市で行ないながら、夜はオペラやスポーツ観戦を楽しもうと思っています。

フランクフルトからドイツに入り、マインツ、イタリアに移動して、ミラノ、マントヴァ、ヴェローナに滞在する予定です。

帰国は10日。

明けた翌日11日からクリニックFの外来を再開する予定ですが、僕の不在中もスタッフは出勤していますので、ご質問やご予約などがありましたらクリニックFにお電話くださいね。

それでは行ってきます。


OMG 信じられない。メインコンピューターが・・・ダウンです!

明日に出張を控えて、忙しく過ごしています。

そんな中、クリニックFの院長室に置いてある2年前に買い換えたばかりのメインコンピューターが突然壊れました。。。

OMG! です。

原因はハードディスク故障によるもの。

レイドを入れてハードディスクの故障には対応していたにも関わらず、この惨事です。

PCには学会資料や、研究用の資料、ブログの写真なども保存していますので、頭を抱えてしまいましたよ。

とりあえずハードディスクを抜いてUSB接続したりと、自分で手を尽くしたものの復帰が出来ず、困り果ててSEの友人の手を煩わせることに。

しかしながら、それでも復旧出来ず、ハードディスク復旧屋さんにお願いすることになりました。

相当高額と聞いています。

あたたたた・・・・・というかんじですが、仕方ありません。

何かの厄落としだと思ってこれを機に整理できるものは整理し、またこうした事態に備えてちょっとやり方を変えてみることにしましょう。

こちら、唯一残っていたザルツブルグ後の、ドイツはミュンヘン、帰国前にとったルートヴィッヒ2世の生まれたニンフェンブルク城の写真です。

 


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑮ ザルツブルグへ

シュタルンベルク湖畔のベルク城からは、一路、高速でオーストリアは音楽の都ザルツブルグへ。

この時期のドイツは、車のルーフに船、リアに自転車やオートバイを乗せた車が多く走っています。

夏のバカンスを楽しんでいますね。

2時間ぐらい走ったでしょうか?

ミュンヘンからザルツブルグへ行く途中、キムゼー湖の横を通過しました。

こちらの湖に浮かぶ島に、ルートヴィッヒ2世が作り上げた3つの城のうちの一つ、ヘレンキムゼー城があるのです。

ところが高速道路を下りたのちが大渋滞。

やむなくこの城への訪問は諦めました。

そのまま高速道路に乗り、オーストリアへ。

ザルツブルグに入るトンネルの前にやってきました。

トンネルを超えるとザルツブルグの街へ。

すぐ左手にはサウンドオブミュージックでも出てきた馬洗い広場ですね。

近くのパーキングに車を停めて、街を歩きます。

町の中心を南から北に流れる清流ザルツァッハ川。

モーツァルト広場を過ぎて、大聖堂へ。

こちらも荘厳で美しいですね。

ザルツブルグのブログはまだまだ続きます。

 


◆2013年8月ヨーロッパ出張⑭ ベルク城 シュタルンベルク湖 ルートヴィッヒ2世の死の真相 

早朝にオーストリア・ブレゲンツを出発。

この日はドイツ・ミュンヘンを経て、再びオーストリアへ。ザルツブルグに向かいます。

アウトバーンも時速200㎞オーバーで順調に飛ばします。

まずはルートヴィッヒ二世の遺体が見つかったシュタルンベルク湖の湖畔に向かいました。

ルートヴィヒ二世は1886年6月11日に、ノイシュヴァンシュタイン城で精神疾患をきたしているとして捕らえられ、翌朝そのままシュタルンベルク湖畔のベルク城に幽閉されてしまいます。

二日後の6月13日夕方ルートヴィヒは精神科医グッデンと散歩に出かけますが、そのまま二人とも戻らず溺死体として発見されるのです。

彼が本当に精神疾患を患っていたかどうかについては医師の間でも議論が分かれるところですが、僕はこの旅で実際彼の作り上げた城を見学し、その執着気質からくるあまりに精緻すぎる内装を見て、もし彼がここまでのこだわりをもった妥協を許せない性格であったならば、この時代・この国の国王としてはさぞ生きづらかったことであろうとふと思いました。

プロイセンやオーストリアなどの列強が争い合う時代に、バイエルンの立憲君主国家の国王として国家の存続がかかるのは、相当なプレッシャーだったことでしょう。

ワーグナーという年上の友を得て、彼に傾倒し、芸術に没頭するのもわかる気がしました。

もちろんそんな彼であったからこそ、こうして何世紀を経てもなお色褪せることのない大きな財産を残すことができたということも言えますよね。

ノイシュバンシュタイン城で、

「私は大学で学び始め学問の面白さを知った途端、父の死により学問から引き離された。私には経験が不足していた。」

という趣旨の大学の教授に宛てた手紙の文章を読んだのですが、物悲しさを感じましたね。

そして、運命の螺旋が織りなす歴史の興味深さも同時に噛みしめました。

車で通り過ぎてしまうような細い道に、この看板を見つけました。

深い森を歩くこと15分ぐらい。

湖面が現れました。

こちらが彼を弔う十字架です。

夏の暑い時期でさえ、ちょっと寒気がするような場所でしたよ。

正面には彼を弔う礼拝堂があります。

この場所を訪れることができてよかったと思いました。

 


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